第33話
温泉計画は、驚くほど順調に進んだ。それは、近隣の村人たちが協力してくれたおかげでもあるが、計画の立案を行ったランゲルスの手腕が、誰も想像していなかったほど的確だったということがある。
真っ先にランゲルスが行ったことは、源泉位置の確定だった。そこから水路を作り、公衆浴場を作り上げた。設計図は、エルラが描いた。描いたものは、どうにか意思疎通が図れる程度の品物ではあったが、それでもしっかりとしたものだった。
「しかし、本当に作れるとはなぁ」
ルイスは源泉のすぐ上に位置している、新設された町役場兼勇士団領庁舎を眺めながらいう。振り返れば、なだらかな勾配にそって、焼き固められたレンガによる川が見えるだろう。それに沿うようにして、道が一本通っている。大通りというほどだけあり、道幅は馬車がすれ違って余りあるほどだ。さらには、土産物と称して、ふもとの村の名産の野菜類を売るような露店も作った。ランゲルスが指示をし、エルラが設計し、村人やルイスたちが総出で作った街だ。
何よりも素晴らしいとルイスが感じたのは、さらなる街の発展に備えての土地区画の分譲計画である。正確には建物の建築許可証を売るという形になる。これは、勇士団員であるルイスが、この土地の全ての権限を握っているからこそできるわけだ。ただ、全てといっても、本当に国王のように全権を持っているわけではない。勇士であるルイスは、独自の騎士団を持つことが許されていない。また、国王からの命令がない限りは外征を行うこともできない。他にも様々な権利が留保されていたり、無かったりする。しかし、それでも、土地からの税を徴収し、それを元手に商売を行うことは許されている。ルイスは、この温泉街計画は、その商売のための必要事項だという考えであった。
「おおそうだ。村長や」
ルイスは、この眺望を眺めている間に何ら思い出したようで、すぐ傍にいる村長を呼び出す。
「なんでございましょうか」
「ここの名前を、未だ聞いていなかったな。なんという土地なのだ」
「この谷は、私どもはホピング渓谷と呼んでおります。古の時代、私どもの祖先が、そう名付けたと」
「聖ホピングか」
ルイスはその名前を聞いた途端にピンときた。ルイスたちが信仰しているホルリー教という宗教において、聖ホピングが重要な人物である。旅の守護聖人にして、足の守護聖人である聖ホピングは、ホルリー教の最初期において登場する。彼は方々を旅し、民間伝承を集めて回った。しかし、足をくじいてしまい動けなくなる。そこにホルリー教の創始者である初代ホルリー卿が現れ、足をさするとすぐに治った。以来、8番目の弟子として、ホルリー卿と旅をし、その足跡を書き記したという。つまり、この温泉は、足に効能があるということを、以前から知っていたものがいるということだ。だが、ルイスはそれを利用することとした。
「では、こうしよう。聖ホピングの霊験あらたかなこの温泉は、足の病に効能示すと。そして、温泉全体のための守護聖人であると」
「教会でも建てる?」
ルイスと村長の間に割って入ったのは、エルラであった。彼女のその卓越した建設のための才能は、聖ホピングに捧げられた教会を建てることによって、開花しつつあった。
こうして、ルイスたちは、勇士団領を整え、温泉街を経営することによって、莫大な利益を上げるための経営を行うこととなった。経営者はルイスと友人たち、それに村長と幾人かの人を入れることとした。聖ホピング温泉街として名を馳せるためには、さほど時間がかからなかった。