第32話
「温泉?」
樽を返してから半月後、あの樽の半分ほどは村人に返したのだが、他はお礼という名目で、ルイスたちの手元に残った。この原資を基にして、ランゲルスとエルラが温泉を作り、湯治場としたいという話だ。
「そ。好きなようにこのあたりの土地を使っていいんでしょ」
「確かに、陛下からは土地の所有権をもらっているが……」
ルイスがランゲルスの勢いに若干押されつつ、それでも何かしら言い返そうともがいている。しかし、そのもがいているルイスを押しつぶそうとする勢いで、ランゲルスとエルラが家の壁へと、ルイスを追い立てていた。
「それで考えたのよ。温泉事業。金も儲かるし、ルイスの名前も世に知らしめることができる」
「いや、ちゃんと経営とかできるのか?」
ルイスが心配しているのももっともだ。彼らは誰一人として多少の計算以外を学んでいない。経営や経済など、商人でもない限りは学ぶことはないのだ。文字を読むことだって、ルイスは勇士団見習いとして学校で学んだが、ルイス以外はほとんど読むことができない。書く事は当然できないのだ。だから、ルイスは心配をしている。
一方、ランゲルスは楽天的だ。エルラも横でなんども同意としてうなづいている。
「経営自体は簡単よ。この温泉の効能ははっきりしているわけだから、宣伝さえしっかりすれば、おそらくはうまくいくわ」
「その自信、どこから来るのか知りたいところだな……」
ルイスがそうぼやいていると、村の寄合に代理出席していたシュトールとクリスが帰ってきた。
「温泉で湯治場にするっていう計画。村で承認されたぞ」
「そうか。ともなれば、仕方ないな」
やれやれ、といった感じでルイスが言う。
ランゲルスが提案した計画は、簡単に言えばこうなる。まず、源泉地の確保。続いて、複数の温泉旅館の建設、運営。今ルイスたちがいるこの建物は保存し、役所としてしばらくは活動する。手狭になったころ、役所を新たに着工する。そのための用地はあらかじめ確保しておく。また、村の人らは建設要員、保安要員、宣伝要員に大別する。建設要員は、建物を建設し、後々は接客へ回る。保安要員は、簡単に言えば私設の軍のような警備員だ。ルイスは独自の公設騎士団を持つことが不可能なので、警備員と称して持つことにしたのだ。そして宣伝要員は、他地域への宣伝だ。最初はしっかりと宣伝を行い、将来は接客要員となる予定である。
源泉はルイスが所有権を持っており、そこから分配するという形を取ることまで決まっていた。
「村民は、全部僕が雇用するという形式を取ることになるけど、それも説明してくれたんだね」
「もちろん。頼まれたことは全部伝えておいたよ」
そこまでしていると、ルイスも腹をくくるしかないと分かったようだ。立ちあがり、勢ぞろいした4人に言った。
「じゃあ、温泉計画。実行だ」