第15話
結局、用心していた強盗は起きなかった。それどころか、第9区では、今日は1件も事件が起きなかった。
「不思議ですね、これまで3時間に1回は強盗が起きていましたのに……」
ルイスは、不思議そうな顔をしながら、勇士団の詰所へと戻っていた。すぐ横では、重い甲冑を従者の手によって脱いでいるエンディケールがいた。
「確かに。だが、今日はお祭りだ。強盗といえども、祭りを逃したくは無かったのだろう」
「なるほど、そうかもしれませんね」
ルイスは言いながらも、自力でできるだけ甲冑を脱いだ。そして、近くに居る研磨の専門の人へと渡す。
「では、磨くの、お願いできますか」
「ええ、当然ですよ」
研磨の専門家は、声をかけてくれたことが嬉しかったようで、笑顔で答えてくれる。いそいそと甲冑をルイスから見えない作業場へと持って行った。
「では先輩、お先に失礼します」
「ああ、しっかり楽しんで来い。3時間後、またここでな」
「はい」
もう一度失礼しますと、エンディケールに言うと、ルイスは走って部屋から出ていった。すでに待っているランゲルスたちと、一刻も早く合流したいからだ。ルイスの顔は、喜びに満ちていた。
ランゲルス一行は、すでに勇士会館前で待っていた。手には、なにか袋が下げられている。その袋は布製で、両手ですっぽりと収まるほどの小ささだ。だが、なにか大事な物らしく、ランゲルスがそれを手放そうとする気配はない。
「おーい」
遠くからルイスがランゲルスたちに声をかける。そちらに真っ先にランゲルスが振り返った。
「ルイス、待ってたよ」
「服脱ぐのに手間取ってね。まいったよ」
「いいじゃん。行こうよ」
エルラが、みんなに言った。すでに半歩も一歩も先に居る。その足は、自然と広場に集まっている屋台の方へと向かっていた。それも、食べ物屋の方だ。
「……太るよ?」
「いいもん。どうせ歩いて帰るし。痩せれるでしょ」
その言葉は、あまり説得力がなかった。太る時には、何をしても太る。それを言外にランゲルスは言いたそうにしていた。
5軒目の買い食いをしていると、急に広場がざわつきだした。
「あれ、さっきのおじさんじゃないか?」
クリスが、そのざわつきの元凶を指さす。そこは、広場の中央に設置されたステージで、周囲からよく見えるように、背丈よりも高くなっている。その上で、クリスがナイフを買った店の店主が立っていた。周りのざわめきが鎮まると、役人が巻かれていた羊皮紙を広げ、そこの文章を読み上げる。
「この者、サンク・プロウ・ジューブド・ヴァーメツクは、今次の国王陛下即位式典に置いて、長刀を献上した。陛下はその長刀を大層気にいり、その功績に報いよと命じた。よって、聖ラク勲章を与え、三等勲爵士団の団員とする」
勲章として、左胸に小さなメダルの様なものが付けられる。この時代、騎士団勲章は国王騎士団員へ与えられる王冠勲章を筆頭とし、各公爵騎士団員、ホルリー伯爵警備隊隊員の貴族騎士団、一等から三等までの平民や貴族の混成騎士団の団員への勲章がある。今回サンクが受け取った聖ラク勲章は、そのうちの一番下の位だ。それでも、もらえる人は多くない。平民にとってはとてつもない名誉であることは間違いない。