第11話
だが、クリスの意見とは裏腹に、それぞれの両親はあっさりと王都へ行くことを許した。
「王都のお祭りは、王国の中でも一番賑わうからね。一度見てみたらいいわ」
クリスの母親はそう言っていくばくかの路銭を渡した。といっても、行って帰って、さらにお土産や宿代を含めても十分におつりがくるぐらいの金額であった。
「こんな大金……」
クリスは母親にお金を返そうとした。だが、母親は首を横に振った。
「王都は、ずいぶん昔に行ったっきりだけど、あのときの思い出は、色あせることなく鮮明に思い出せるわ。クリスも、そんな思い出を作ってらっしゃい」
そういわれ、クリスはお金をすべて受け取るしかなかった。
しばらく経って、お祭りまで1週間と1日になり、4人はルイスがいる王都へ向かって歩き出した。到着はだいたい1週間後の予定だ。何かあった時のための武器として、手のひらに収まるほどの小さなナイフと、夜道を歩く時用のランプを持った。無論、何もないことが一番ではあるが。
出発後、しばらくして森に入った。森と言っても、広葉樹林で、木洩れ陽が道を照らしてくれている。だから、何も心配することはない。
「王都へ着いたらどうする?」
エルラが、並んで歩いている3人に聞いた。
「まずは宿探しだろうな。それから、屋台を見に行こう。なんでも、いろんな出店があるらしいんだ」
クリスが、両親から聞いたことを3人に言う。お金については、どうやらそれぞれ両親や親戚からもらったお小遣いがあるようで、何かを買ったりすることには困らないようだ。
「剣術大会ってのがあるらしいんだが、それってルイスも出るのかな」
シュトールがクリスに聞く。こういう話は、クリスが一番知っていそうだからだ。
「さあな。王都につくまでわからないよ。誰が出てくるかなんていうのは、そのときのお楽しみってことが多いからな」
だが、すくなくても、この剣術大会にはダッケンバル国王が直々に見ることになるらしいので、その警護のためにルイスがいることは十分に考えられることだった。剣の腕を買われて勇士見習いになったのだから、推薦さえあればすぐにでも国王親衛隊になれるだろう。そうクリスは考えていた。
そして道中、何事もなく1週間が過ぎた。人も徐々に多くなり、道も村の近くのようなあぜ道ではなくて、いつの間にか立派な石畳となっている。馬車が列を成してクリスたちの横を急いで通っていくが、そのたびに軽く地面が揺れるのがわかる。
「もうちょっとだな」
「だね」
道の端には店が並んでいて、いろいろと雑貨や軽食や、その他もろもろ売っている。目移りしてしまうようなきれいなものの数々ではあるが、そのうちのひとつの店に、一行は足を止めた。
そこは、50代そこそこの男性がしている鍛冶屋だった。店先には、甲冑が飾っている。値段はかなり高いので、クリスたちは買うことができない。だが、店の中にはなにかあるかもしれない。
「入ってみようよ。ルイスになにか買ってあげたいし」
ランゲルスの言葉で、王都に入る前に、鍛冶屋の店に入ることになった。
中はひんやりとしているが、それは店先だけだ。中に入るにしたがって、温度は上がっていく。それは、カウンターのところまで行った時点で、まだまだ上がりそうな気配をしていた。
「らっしゃい」
クリスたちに気づいた店主が、首から提げているタオルで両手を拭きながら、磨いている剣を置いてやってきた。
「ナイフがほしいんだけど」
クリスが店主に聞く。
「ナイフかぁ。どれくらいの大きさがいいんだ」
「これぐらい」
クリスが親指と小指を限界まで離して大きさを示す。ざっと15cmかその当たりの大きさだ。
「それぐらいなら、5ターラーだな」
この時代、通貨は3種類ある。一番高価なのはプロウ金貨と呼ばれる貨幣だ。1プロウ金貨は20ターラー銀貨と同値で、さらに1ターラー銀貨は5ラウド銅貨と同値となる。つまり、1プロウは20ターラーであり、100ラウドということだ。王都での宿賃が1泊2日で、40ラウドが相場だといわれているため、ざっと8ターラーあれば十分にとまることができるということだ。ちなみに、すべての硬貨の形状は3cm程度の円形で、中心にダッケンバル王国の紋章である円が彫られている。
「ちょっと高いよ。3ぐらいで」
「……なら、4ターラーと3ラウドならどうだ」
「ラウド分ぐらい巻いてくれてもいいんじゃない?」
二人の交渉に、エルラが入り込む。それを聞いて、しょうがないという雰囲気で店主は言った。
「いいよ、4ターラーにしよう」
「買った」
店主とクリスが握手をして、ナイフを受け取ると同時に、財布代わりの皮袋から、4ターラーを渡す。ジャランと、お金の音がはっきりと周りに聞こえるが、音が聞こえる範囲にいるのは、店主とクリスたちだけだ。
「あいよ、毎度」
店主が確認をして、クリスたちに声をかける。エルラは手を振りつつ、ほかの3人はそのままで、店を出た。そして、今度こそ、王都のお祭り会場へ向かって歩き出した。