第112話
「ここだよ」
さっき来たようで、騎士団長を店主は少し驚いた表情で迎えた。
「団長閣下、またいらしてくださるとは……」
「この者らに、例のものを」
挨拶もせずに、騎士団長は店主へと告げる。この金額でな、と金貨を1枚渡すと、目を丸くして、それですぐに元の顔つきに戻ってから分かりました、と答えた。少しお待ちください、と店主が言い、部屋の奥へと歩き、コップを2つ持って戻ってきた。
「君らはまだ飲んだことがないだろう。この店の裏メニューである酒類だ。フルーツ果汁を複数混ぜ合わせたうえで発酵させ、そこに胡椒など香辛料を加えたものだ。飲んでみるがよい」
だめなら全部飲んでやるから気にするな、と騎士団長は二人に笑いながら言ったが、二人は笑えるような状況ではない。ここで飲み干さなければ、おそらくは騎士団長の顔に泥を塗るようなことになるだろう。そうならないように、目配せをし、一気に飲み干す。
「あ、おいしい……」
ランゲルスがつぶやく。ルイスは何も言わず、飲み干したコップを店主へと返した。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でございます、いかがでしたか。何かございましたら、何なりとお申し付けください」
店主がコップを受け取りながら答えた。騎士団長がそれを見ながらルイスへと尋ねる。
「どうだ」
「なかなかおいしかったですが、わたしにはあまり合わないようです」
「ふぅむ、そうか。なら仕方ないな」
ルイスも行こうかと思い、ランゲルスへと向くと、彼女はお酒をじっと見ていた。
「どうした」
ルイスが尋ねると、考え込んでいるようだ。そしてランゲルスはルイスへと向いて聞いた。
「ねぇ、酒類は確か私たちのところでは売ってなかったわよね。これはもうかる気がするわ」
ランゲルスは、特に儲かる方向への嗅覚に優れている。だから温泉街なんて言う突飛な発想もできたのだし、そのために大金持ちにもなれた。そのことはルイスはよく知っている。だから、こう言ってきたとき、ルイスはためらわなかった。
「じゃあしよう。ただ陛下の即位式が終わってから、詳しく話し合うことにしよう」
ルイスが提案すると、ランゲルスは軽くうなづいた。そしてコップを戻し、騎士団長の後ろ2歩をルイスに続いて歩いて、即位式の会場へと向かった。




