第110話
「後方で指揮を執るよりも、先陣をきることが、我が勇者であると解ろう」
――マウンダイス国王
ルイスは妻であるランゲルスとともにマウンダイス公爵領へと出向いた。そこでマウンダイスが国王となるための戴冠式が行われる手はずとなっていたからである。戴冠式は大雑把に言えば、ダッケンバル王国の時代では、まず以前の叙爵者から万歳三唱を受け、爵位の中で序列筆頭の者から国王即位への祝賀を行う。続いて神から与えられたという王権神授のための儀式として、ホルリー伯爵から神の代理として冠を授かる。最後に国王自身が即位宣言を行うという流れだ。細かいのは多数あるが、この流れに沿う。
マウンダイス公爵領には、数多くの有爵者が集まっていた。右を見ても左を見てもきらびやかな街並みになっている。飾りつけもされていて、戴冠式への準備は万端になっていた。
「すごいねぇ、こうなると」
ランゲルスは騎士団副団長妻としての正装をしている。誰もがルイスのことは知っているが、その妻は見たことがないという人が多数だった。そのため、ランゲルスは珍しいものを見るような視線を集めている。それでも気にすることはなく、周囲を楽しんでいるランゲルスは、将来大物になるだろう。
「実際はこんなものじゃないぞ、公爵閣下は陛下となられるのだからな」
戦争前、まだダッケンバル4世が存命だったころ見たことがある王都の騒がしさに似ている。それは繁栄の頂点、この世の春を謳歌しているということだろう。あれから幾年も過ぎたが、それでもルイスはしっかりと覚えていた。
「陛下、となられても、私たちのことを覚えてくださるのは、とてもうれしいことね」
「そうだな」
ルイスはランゲルスに答えた。そのうえで、さらに続ける。
「陛下がこれからも弥栄栄えることが、今の僕の願いさ」
「ね」
そういって、ふと大通りの王宮となる予定の公爵居城のすぐ前、一等地も最高のところに見知った人が店を出しているのを、ランゲルスは見つけた。
「あら、お久しぶりです」
それは、王都に入る直前で店を出していた人だ。ただ、ルイスは会ったことはない。ルイスが勇士団員見習いだったころの話だ。鍛冶屋で、当時は聖ラク勲章を受けていた。だが、そのための服装ではなく、ランゲルスが出会った時のような、ラフな服装になっていた。
「ん?前に会いましたかな」
店主はしかし、覚えてはいないようだ。それもそうだろう。7年も8年も昔だ、ランゲルスも相当背格好が変わっているし、そもそも当時は農民の一人だった。ここまで着飾ってくるとは、店主もランゲルス自身も考えていなかった。
「聖ラグ勲章を受けた日、私の幼馴染が小型ナイフを買いました。たしか、4ターラーで」
「おや、あの値切りに値切った子供か。大きくなりましたな。それで、こちらの方が当時の?」
「いえ、あの時とは別です」
笑っているが、それはそれだ。そのうえで店主が急にルイスへと話を振った。
「騎士団副団長ですね、風の話を数多く伺っております。どうか、刀剣の鍛造、打ち直しの際にはわたくしめにご用命を」
「ああ、考えておくことにさせてもらうよ」
それは果たされるかわからないということを回りくどく伝えたということだった。そういうこともあって、ルイスは店を出ることにした。その際、握手までされて、よろしくお願いしますと店主に詰め寄られているのを、ランゲルスはしっかりと見ていた。




