第108話
ルイスは、戦力の回復という名目で、とある内示とともにルイス温泉街へと戻った。久しぶりの帰還に、温泉街の一同は大喜びで出迎えた。役所前の広場には、帰還パーティのための設備が拵えられた。
「お帰りなさい、あなた」
馬で広場に進むと、歓呼の声にこたえられる。そして、出迎えてくれたのは、ルイスの美しき妻ことランゲルスだった。実にきれいに成長したランゲルスは、馬から降りたルイスとハグをする。それから集まった民衆へ、その声にこたえるように右手を高々と上げた。
「話があるんだ、みんなを集めてくれ」
「もう集まってるわよ、あなたが帰ってくるって聞いたときにね」
ランゲルスが耳打ちしてきたルイスへと答えた。民衆はパーティーに明け暮れ、ルイスが役所へと入るのを見届けてから、より一層そのどんちゃん騒ぎは激しさを増した。
騒ぎの声は、窓を閉めた役所のルイスの執務室の中でも比較的しっかりと聞こえた。それでも、部屋の中で会話するには十分な静けさだ。ルイスは執務室の前に立たせていた歩哨を少し遠ざけ、廊下の端と端に配置し、会話を聞こえなくさせた。もっとも、歩哨がいなかったとしても、誰も来ることはないはずだった。
「で、何の話なんだ」
今はこの部屋には、外も含めて、ルイスとその幼馴染たちだけしかいない。どうした、と尋ねてくるシュトールに、ルイスがマウンダイス公爵が決定したことを伝える。
「マウンダイス公爵閣下からだ。実は、俺が公爵となることとなった。ルグセンラール王国領を後ではあるが、公爵領として与えられるとのことだ。また、この温泉街については、ダッケンバル王国が崩壊したため、勇士や敢闘といった団は消滅し、そのために新たに設定される伯爵領とされる。ホピング伯爵だな。ホピング伯爵は共同領地と指定されることになっていて、4人にその持ち分が与えられる。平等に4分の1ずつな」
「それって」
「そう、ランゲルス、エルラ、シュトール、クリスの4人だ。君らには伯爵として紋章が授けられることになっている。これらは全て内示だ、公式に明らかになるまでは、誰にも話さないように」
「分かった、公式って、誰が明らかにするんだ」
「公爵閣下は、国王へとなる。マウンダイス王国の創立だ。俺はそこで公爵となることになる。君らもマウンダイス国王の伯爵ということになるな」
「でも、実際には何か変わるっていうことはないのよね。ここの税金が特に苛烈になっていたけど、もうそんなことはないのよね」
気にしているのはランゲルスだ。経営者として、ここの温泉街を切り盛りしている実質上の支配者は、これからどうやって安定させるかということに注力を注ぐ予定のようだ。当然、ルイスもそのことは理解していて、そのあたりの話は、国王として即位してから話し合うということになっていた。それはルイスから彼らに伝えることにする。
「税金や所得については、軽くなるように伝えているところ。ただ、どうなるのかは国王の匙加減ということかな。国王大権に抵触するような事柄になるからね」
実際、国王大権がどのようなものになるのかは、即位してみなければわからないということもある。ただ、大体についてはこれまでのダッケンバル王国のものを引き継いだ形となるだろう。となれば、叙爵権、徴税権、軍事権、恩赦権、公務員の任免権などがある。国王大権は、国王の専権事項のため、原則として聞かれることはあっても決定するのは国王の独断に任せられることとなる。そのため、ルイスとしては、公爵という立場であったとしても、お願いをするだけの立場しかない。
「そう……」
残念そうな顔をしているランゲルスではあったが、それは仕方がないことだとして、自身を納得させるしかなかった。