第9話
大広間に入ったルイスたちは、領主と対峙することになった。
「私が相手にするのは、ルイス・プロープグナートル、ただ一人」
領主は、この大勢の兵士に囲まれながらも、怯む様子は一切ない。それどころか、こちらを威圧するように、仁王像の如き表情で睨みつけているほどだ。
「ここにいるぞ」
ルイスは、そのような戦場の異様な空気の中、領主の前に名乗り、そして歩み寄った。領主は片眉を上げることなく、誰一人として音を立てないこの空間の中で、声を発した。
「なぜ、我が領土を侵す」
「こちらは、ただ国王陛下に忠誠を誓い、戦をしている。疑義は、ダッケンバル国王陛下に申されよ」
「ならば、問おう。国王への忠誠は、揺るがぬか」
「一切揺るがぬ。現在の国王陛下は聡明なるお方である。故に、こちらは忠誠を誓う」
「……そうか、話し合いで解決とはいかぬか」
「その通り。我が力は陛下への忠誠。この剣によって、お主を斬る」
それから、どちらともなく剣を構えた。音もない世界、何一つ動かないこの空間の中で、二人は同時に動いた。
ルイスの剣は、領主の剣をしっかりと受け止め、そして火花と共に跳ね返す。だが領主もさすがと言うべき身のこなしで、したから上から、次々とルイスを苦しめる。
だが、勝負は一瞬の隙から分かれた。それは、風の音か、だれかのくしゃみか。それはもうどうでもいいこと。金属性の高いキンという音が部屋に響き渡り、その直後ルイスの剣が領主の首元に向けられた。
「……貴殿の負けだ」
「……そのようだな」
それだけで、もはや一目瞭然だった。誰が勝ったか、誰が負けたか。周りから兵がじりじりと近づいてくる。だが、動けないと分かるや否や、すぐに近くの紐で領主を縛り上げてしまった。
それから数分後、ゆっくりとマインダイス公爵がホーンラル公爵を連れて、部屋に入ってきた。
「ふむ、すでに勝敗は決したようだな」
「はい、閣下」
ルイスが首を垂れ、マインダイス公爵に答える。そのすぐ後ろでは、後ろ手に縛られたまま立たされた元領主の姿があった。だがその姿は、まさか敗者だとは言うことができず、キッと前を睨み、誇りまでは負けていないといった感じだ。
「この者は、本来ならば極刑に値する。だが、ダッケンバル国王陛下の遠縁にあたる。そのため、特別な場所に留置することが決まった。これは王令である」
その場でマインダイス公爵が、元領主に告げる。
「いいだろう。何処へでも連れて行け。我はいずこであろうとも、ダッケンバルを呪おう」
だが、その呪いの言葉は最後まで言うことができなかった。兵士にマインダイス公爵が猿轡をするように命じたためだ。
「連れて行け」
ホーンラル公爵にマインダイス公爵が命じた。そして、その一行が廃墟となった大広間の中からいなくなると、ルイスの方に向き直った。
「ルイス・プロープグナートルと言ったか」
「はい、閣下」
「おぬしは、この戦において、多大なる貢献をした。それゆえ、特別に勇士見習いとして、王都の士官学校へ入学を推薦する。ついてくるか?」
ルイスは、一瞬だけ、近くにいた幼馴染を見た。だが、思いを振り切るようにして、真っ直ぐに、迷いなくマインダイス公爵へ答えた。
「閣下、喜んで行かせていただきます」
マインダイス公爵はルイスの返答に満足そうにうなづいた。