06
「ご主人は離婚なさっておられませんな?」
中年女性はピクリと身体を震わせる。
「よく、おわかりで――」
これは〝離婚して同居していない〟とも〝離婚はしていない〟ともとれる。だが、詐欺師に親近感を抱いてしまった依頼人は、言い当てられたとしか思わない。
「じゃが、今日ここへいらしたのはお嬢さんに関しての相談と見た。そうではないですかな?」
読心術の心得があるのか、三宝院は中年女性の瞳孔反応と不随意筋の動きに注目していた。
「え、ええ。お見合いパーティーで娘を見初めた方がおられまして――。それは熱心にプロポーズなさってくれているのですが、どうも娘が気乗りしないようでして……」
「ほう」
三宝院は鷹揚に頷いて先を促す。
「お仕事も家柄も申し分なく、これを逃したらこんな良縁は二度と……。ですが、娘の意思も尊重してやりたいわたくしは、母親としてどうすれば良いものか悩んでいるのです」
「陽月先生、代議士の青木先生からお電話がかかっております」
祭壇後方のドアが開いて背広姿の男が出てきた。
「鑑定中は電話を取り継ぐなといつも言っておるだろう」
「もっ、申し訳ありません」
三宝院に叱りつけられ背広姿の男は腰を折って恐縮した。
「青木さんか……、仕方ない。ちょっと失礼しますよ」
実は、この業界にもネットワークみたいなものがある。〝溺れるものは藁をも掴む〟の諺通り、切実な悩みに苦しむ人々ならより多くの意見を取り入れようとする。その電話は代議士からなどではなく、お喋りな藁からの情報提供だった。
「――ほう、なるほど、じゃな。――ふんふん」
「お待たせ致しました」
「いえ……」
この時点で依頼人は『代議士も相談を持ち掛けるほどの人物なのだ』といった思いを強くする。
「先生、扇子をお取替え致します」
新たな情報が詐欺師の許に届けられた。
「ところで敬子さん。あなた、最近、入院されたことがあるのでは?」
中年女性は身体を固くし大きく眼を見開いた。
「わたくし、名前を申し上げた覚えはございませんが……」
「おっと、あいすみませぬ。あなたの背後におられる――その老婦人は母御殿かな? その方があなたに呼びかけているのを聞いてしまって、つい気やすく――」
「母がここにいるのですか?」
「いつも、あなたを見守っておられますとも。ご加護の仏眼を感じられたことがおありじゃろう」
「そう言われてみますと……」
運の悪いことにホテルに自家用車で乗り付けた中年女性は、その登録ナンバーから素性を割り出されていた。仏眼などではなく詐欺師仲間の監視にあっていただけなのだ。
かつて自動車はその登録ナンバーがわかれば、陸運局で現在登録証明というものの交付が受けられた。これには申請人の本人証明さえあればいい。それには自動車検査証同様に、使用者及び所有者の住所氏名がバッチリと書かれている。現在では車両外見から見えない場所にある車台番号まで要求されるが、誰にでも思いつきそうな言い訳で省略が許されている。そして運転者が当人だった場合、役場で戸籍謄本と附票を請求すれば、家族構成や婚姻・離婚歴まできれいに洗い出されてしまう。これには勤務行政書士や司法書士、またはその補助者などにあたらせる。健康保険組合にまでネットワークを張り巡らせている詐欺グループもある。つまり、個人情報保護法などあってなきが如し。もっとも、国民総背番号制を導入しようなどと考える時点で、国家が個人のプライバシーなど認めていないことは明々白々だ。
シッター(対象者)の情報をあらゆる手段を使って収集するこの一連の作業はホット・リーディングと呼ばれる。ネットワークの規模にも拠るが、この程度なら三十分もあれば調べ上げることが可能だ。『二ヶ月先まで鑑定の予約が詰まっている。とりあえず名前と住所を知らせておいて下さい』などと言われたら、真っ先にこれを疑うべきだ。 対してコールド・リーディングは、サトルティ(何気ない会話)や綿密な観察から依頼人を信じ込ませる話術だ。意外にもこの三宝院は、そのどちらをも使いこなせているようだった。