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05

「これはいかん! お嬢さんの運気がどんどん下がってきておる。いますぐ祈祷にはいらんと、あんたの子孫すべてがえらいことになりますぞ」

 名前を言えば誰もが知っているホテルのバンケットルーム。けばけばしい祭壇の前で、でっぷり太った男が大仰な声を上げた。その祭壇も仰々しい法衣も、見る者が見れば幾つもの宗派がごちゃまぜになっているのがわかる。錫杖でドンドンと床を鳴らし、依頼人を丸め込もうとしているのが一目瞭然だった。

「あのう……、それは鑑定料とは別になるんでしょうか?」

 上品そうな中年女性は、室内に所狭しと立てかけられたノボリに眼を遣る。そこには『あの霊能者〝三宝院陽月〟の鑑定が、たった二千円ポッキリで受けられます』と書かれてある。文言からしていかがわしい。

「申し訳ありません。鑑定はあくまで鑑定だけでして――。でも、林田さんはツイていらっしゃるわ。お忙しい陽月先生の御祈祷をすぐに受けられるだなんて」

 化粧の濃い、巫女の衣装を着た女が中年女性に近寄り、小声で囁いた。

「それはいかほどかかるものでしょう」

「十日間、不眠不休で祈り続けて厄が去ってくれればいいのだが……。そうじゃな、一千万といったところですかな」

「えっ! そんなに?」

「なに、無理にとは申しませぬ。じゃが、このままではお嬢さんの折角の良縁が――」

 ひとの意思や判断は、その時の心理状態に多大な影響を受ける。普段なら『なにをバカなことを』と一笑に付すようなことも真剣に考え込んでしまう場合があるのだ。中年女性は不安に駆られた顔で部屋を見回した。

 洋の東西を問わず、詐欺の舞台に一流ホテルが遣われるのは少なくない。ホテルのネームバリューが詐欺師の言葉に権威とリアリティを与えてしまうのじゃ。

 いけない、感染ってしまった。

 三次元宇宙に於ける時間は川のようなものだ。下流が未来で、上流は過去。場面場面を川幅と考るとわかりやすい。

「でも支配人、バンケットルームに案内したお客様の利用目的は『会員の集い』だとおっしゃるだけで不明瞭です。こう言ってはなんですが、少し胡散臭い雰囲気も――」

 僕が視界を移したのは、十日前のこのホテル、フロントカウンター裏に位置する事務室だった。

「だったらデポジット(保証金)を取るなりすればいい。君は何年、営業をやっている。ただでさえ客足が遠のくこの時期、平日にバンケットルームが売れるなんてそうそうないことなんだぞ。うちが貸さなきゃよそが貸すだけ、そんなこともわからんのか」

 善良な一ホテルマンの意見はホテルという企業の論理――部屋を売ってナンボ――の前に屈服した。

 詐欺行為が進行中の現場に視界を戻す。

「わかりました。これから銀行に行ってまいります」

 伏し目がちに告げる中年女性には、三宝院がにんまりほくそ笑んだのを気づく由もない。

 先に述べたとおり、僕たち飛ばし屋がどれだけ悪党を弾き飛ばそうと、起きてしまった事実は覆らない。それでも僕は飛ばし屋を続ける。ひとつにはこんな理由がある。

 飛ばし屋全員がお払い箱になる世界――善意に溢れ、見てくれや資産でなく魂の清廉さがひとの価値とされる世界を僕は見てみたたかった。

 僕はまた少し時間を戻す。太った詐欺師は中年女性の手を握っていた。

「なにもおっしゃらんで結構、すべてはここから伝わってきます」

 掌と肘の内側には、エンドルフィンの分泌を促進するツボがある。そこを押さえられた依頼人は、気づかぬうちに親近感を寄せてしまうのだ。

「いま、気を送ってます。どうじゃな? お尻の辺りがカポカと温かくなってまいりませんかな?」

 中年女性は、ハッとしたように顔を上げる。冷房を効かせた部屋で座布団に使い捨てカイロの内容物を入れただけ――こんな簡単なトリックにも偽霊能者を信じ始めた人間は引っかかってしまう。。

「あなたの霊的温度が下がっておりましたんでな。ふう、疲れましたわい」

 手を離した三宝院は扇子を広げて扇ぐ。そこにはカンペよろしくビッシリと依頼人の情報が書き込まれていた。


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