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「でも……」コウは不服そうだった。「罪を償いたいって気持ちは本当だったんでしょう? さもなきゃお葬式になんか行かないわよね」
「どうかな」
身辺にきな臭さを嗅ぎ取った高嶋は、友人で弁護士にである小橋に相談を持ち掛け、竹下夫妻の葬儀への参列を勧められる。。何度見ても胸くその悪くなるシーンだ。
「まったく……どいつもこいつも恨みがましい眼で俺を見やがって――。居心地が悪いったらないや。勤行が終わったら、とっととおさらばしようぜ」
葬儀式場の最後列、高嶋は小橋に耳打ちをした。
「だめだ。裁判になれば法の錯誤があったで押し通さないといけない。その時、葬儀に出てたってのが心証に影響する。焼香もしないで帰ってみろ、これがポーズだと思われかねないぞ」
「なあ、本当に告訴されそうなのか?」
高嶋は急に不安げな顔になって訊ねる。
「わからんよ。だけど最悪を想定して準備しておくに越したことはない」
「仕方ない、我慢するか――。おっ!」
焼香台の方を見ていた高嶋が眼を輝かす。その粘っこい視線は当時九歳だった奈津子を捉えていた。
「どうした?」
「おい、あれは竹下んちの娘か?」
「ああ。確か奈津子とかいったな」
「あれは将来すごい美人になるぞ」
「よもや、おまえ――」小橋は辟易したように言った。「いつもの悪い癖で、あの子でも思ってるんじゃあるまいな」
「思ったがどうした」
高嶋はムッとして言い返す。
「あの子にとって、おまえは親の仇同然なんだぞ。どう間違ったっておまえになびくことなんかあり得んだろうが」
「面白い、賭けるか? これでどうだ」
その時、高嶋が示した指の数は、奇しくも尚志が施設に入所するための一時金、三百万円と同額だった。
コウは怒りに身を打ち震わせていた。
「あれがあの男の本性だよ」
「ごめんなさい、軽率な発言だったわ」
「僕が一番許せないのは――」
「まだ、あるの?」
高嶋の非道さに些か食傷気味のコウだったが、これを語らずにはいられない。
「奈津子のあの人形のような無表情や歩行障害、どちらも高嶋とこうなったのが原因なんだ」
「あれは心因性のものなんでしょう?」
「医師はそう言ったけど僕の考えは違う。セロトニンの過剰摂取を脳が危険だと判断すれば受容体のチャネルを閉じて取り込みを止める。使い続けるほどに効果は薄れていくんだ。この先、高嶋は、奈津子とのセックスに覚醒剤を用いるようになっていく。その主成分であるメタンフェタミンはセロトニンだけでなくノルエピネフリンやドーパミントランスポーターにも働きかける。覚醒剤を使用してのセックスは、使用者に強烈な快感をもたらすらしい」
「奈津子はそれを高嶋への想いだと勘違いしちゃったのかな」
「その辺は僕にもわからない。確かなのは――」
「行方のわからない高嶋を探すため警察の捜査力を当てにしたのは堀田と同じでも、その理由に大きな隔たりがあったってことね」
「うん、わかったようだね。話を戻そう。薬が切れた時、過剰放出の反動でドーパミンレベルが低下し一時的な鬱状態に陥る。それがパーキンソニズムとよく似た症状を引き起こす。奈津子のアレは、高嶋と関係を持ったのを期にあらわれるようになったんだ。医師に診せた時点で奈津子の体内から薬は抜けきっていたのかもしれない。あるいは町医者に抗鬱剤を処方されたとでも思ったか――。いずれにせよ、通報されたかったのは奈津子にとって幸運だったとしか言いようがない」
「そっかぁ……」
そう言うとコウは思考を整理するように黙り込む。幾つかの〝いま〟が消費されていった。
「そこまで知った上でタクちゃんが高嶋を弾き飛ばさない理由はなんなの?」
「君に見せる最後のシーンだ」




