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「販売代理店が増え、加盟料とロイヤリティだけでも相当な額がはいってくる。各地で行われるモーターショーでも常連となった新生ミリオンの代表取締役社長高嶋は、一躍、有名人になった。自動車雑誌にテレビにと、マスコミの取材に応じる日々が続いた」

「ははあ。天狗になった高島が企業努力を怠ってせっかく乗っ取った会社を潰しちゃうのね?」

「最終的にはそうなるが経緯は少し違う。長引く中東不安は原油の高騰をもたらしダイレクトにガソリン価格に反映される。燃費の悪いスポーツカー人気は下火となり、モータースポーツ関連の業務にしがみついて将来はない――そう考えた高嶋はミリオンを分割してEV事業の分野に乗り出した」

「イーブイって……、あっ! 電気自動車のことね」

「そのとおり。高嶋が予想した通り、自動車業界の潮流はエコへと変化していく。サンライズ自動車は第三世代のハイブリッド車を発表し、ヤマト重工はお家芸だった世界ラリー選手権から撤退する。たいした嗅覚の持ち主だよ」

「そんなことより」コウの仏頂面は結衣を模しているせいばかりではない。「堀田さんはどうなったのよ」どうやら悪党を褒めたのがお気に召さなかったようだ。

「彼ならここにいる」

 場面はフレンチレストランに停めた高級セダンから高嶋が降り立つところだった。物陰から走り出した堀田さんは真っ直ぐ高嶋を目指す。右手には刃渡り15センチほどの登山ナイフが握りしめられていた。反対側のドアを出る女性に注意が向かっている高嶋の視界に堀田さんの姿はない。

 残り3メートル、復讐の刃を突き立てんとする堀田さんの身体が宙に舞う。巨体に似合わぬスピードで運転席を飛び出した男の丸太ん棒のような腕が、堀田さんの喉元に食い込んでいた。ゴンゴンッと二度音がして、堀田さんは駐車場のアスファルトに後頭部を打ちつける。手から離れたナイフが高嶋の足元に転がった。

「危ないところでしたね。こいつはどうします? 警察を呼んで引き渡しましょうか」

 長身の高嶋でさえ見上げるほどの大男がナイフを車の下に蹴り込んで言った。

「あれこれ事情を聴かれるのも面倒だ。あんたに任す、飯を食い終わるまでにどこかに放り出してきてくれ」

 暴漢の襲撃を理解した高嶋だったが、さほど驚いた素振りも見せない。

「了解しました」

 大男は意識を失っていた堀田さんを抱き起すと、乱暴に後部席に押し込んで車を発進させた。


「なんなの、あの大男は」

「ひとの恨みを買っているという自覚はあったようだね。高嶋はいつもボディガードを連れ歩いていた。いまの元プロレスラーのような」

「あの女性は高嶋の娘?」

 コウの視線は走り去る車を茫然と眺める美人に向けられる。

「彼女の名は三島奈津子、高嶋の秘書だよ」

「へーえ」


 暮れなずむ堤防道路で車を停め、大男は堀田さんを引きずり出す。

「生きてやがったか――。しぶとい野郎だぜ、まったく」

 小さく呻き声を上げる堀田さ……。以降、障害未遂犯から敬称は省こう。大男は夏草の生い茂る急斜面に堀田を投げ捨てた。


「暴力じゃなにも解決しないのにね」

 コウがしんみりと言った。ミリオンを追い出された堀田は、あちこちの法律事務所を回って高嶋を裁く法律がないことを知り自暴自棄になっていた。それがこの愚行を呼んだと言っても過言ではない。この時、僕が想起したのは、最新兵器で大量殺戮を繰り返す超大国に挑む自爆テロリストたちだった。

「時間を二年進める。大手自動車メーカーに先んじて実用化レベルまでEV開発を進めていたミリオンは、中央郵政の入札を勝ち取っていた」

「すごいじゃない」

「だけど、実用化レベルというものの認識に温度差があった。ミリオンが採用したEVシステムは、倒産した北欧の企業が開発したものを買い叩き、市販車の動力伝達機構を入れ替えただけの代物、つまり、配送業務というシビアコンディションでの利用に耐え得るものではなかったんだ。現場から『使えない、なんとかしてくれ』の声が上がり、発注を出してしまっていた中央郵政の担当者は焦った。契約破棄に持っていくには力業に頼るしかない。そこに都合よくヤマト重工でベースカーの廃番が決まった」

「うーん、よくわかんない」

「動力伝達機構は重要保安部品に当たる。公道を走る車としての認可を得るには性能や強度に関しての膨大な計算が必要になる。新たにベースカーとしての採用を予定していたケイハツスーパーカーゴとは駆動方式も異なるためブラケットやマウント類を一から開発しないといけない。このままではミリオンは、契約台数を納期に間に合わせることはできなくなるってことだよ」

「それで?」

「事情が事情だからと契約の変更を申し出る高嶋に、なんとしても契約破棄に持って行きたい中央郵政側は、口約束での譲歩に応じる。まかり間違って契約通りの台数を納車されては困るという思惑が働いたんだろうな。納期直前になって『そんなことを言った覚えはない』と契約の履行を迫られた高嶋は、もはや会社更生法を申請するしかなかった」

「きったなーい! 元はと言えば国の省庁でしょう」

「気づかぬうちに大企業を敵に回していたことが高嶋の運の尽きだった。暗躍したのはこいつらだ」

 僕は、若狭プレシジョン本社社屋一階の応接室に場面を切り替えた。


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