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「わかった! タクちゃんは高嶋を弾き飛してやろうとしてるのね」
「できることならそうしたい。だけど、これは僕が死ぬ以前の出来事なんだ」
〝自分が死んだ以前の宇宙へは行けない〟その縛りがある限り、パーティー商法に端を発する悪意の連鎖を断ち切ることは不可能だ。
「じゃあ高嶋は野放しのまま? この先もまた、たくさんのひとが騙されることになるの?」
「いや、この二カ月後、当たりくじの入ってないくじ引きをさせられ続けた人々は、高嶋とオネスティ・ジャパンを相手どって集団訴訟を起こす」
「裁判はどうなったの?」
「裁判記録を読んでみるかい?」
「やめとく、どうせ甲とか乙だらけの訳わかんない文章なんでしょう」
「そうだね。結論から言うと原告側の敗訴だった。オネスティはマルチ商法のスキームに引っかからないシステムを構築していたんだ」
「正義は行われなかったってことかぁ……。あっ!」
ガムテープで目張りのされた車の後部ドアを少年が内側から足で蹴りつけている。コウの声はそれに反応したものだった。
だが、チャイルドプルーフがかけられておりドアはビクともしない。少年は後部ドアを諦め、母親の骸がある助手席に回った。そして転がり落ちるようにして車内から脱出するとよろよろと立ち上がり、後部ドアのハンドルに手を掛け引っ張り始めた。
「あの子はなにをしているの?」
「後部座席には、まだ妹が乗っている」
コウは息を呑んでその光景を見つめる。「頑張って! もう少しよ」握り締めた拳がそう語っているようだった。
バリバリッとガムテープが剥がれドアが開く。勢い余って仰向けにひっくり帰った少年だったが、すぐに立ち上がると、ぐったりした幼女を車内から引きずり出した。
「あの子たちはどうなったの?」
「命はとりとめたよ」
「そっか……、そうよね。あんな幼くして両親を亡くすんだもの、苦労だってするわよね」
その拙速な解釈には、幼い兄妹をこれ以上悲惨な目に遭わせたくない――そんな想いが強く働いていた。
「詐欺もどきの商法で貯め込んだカネを元手に、高嶋はベンチャー・キャピタルの真似事を始める。ここだ」場面は町工場の片隅、作業服の男性に資本提携を持ち掛ける高嶋の姿がある。「ここではモータースポーツ用品の開発と販売を手掛けている。高嶋の目的が乗っ取りだったのは言わずもがなだけど、ヤマト重工との間に純正用品採用の話が浮上していた堀田昌治さんにはカネが必要だった」
「堀田さんってツナギを着ているひと?」
「うん、ここの経営者だ。話が決まると高嶋は、早速、子飼いを送り込む。時流に乗ったビジネスでもあったけど、片田舎の町工場だったここがたった一年で全国展開するまでの急成長を遂げたのは、高嶋が持ち込んだカネと彼独自の経営理論に負うところが大きい」
「製品が優れていたせいでもあるんでしょう?」
「見てのとおり、この工場にはハイドロフォーミングマシンもなければ冷間鍛造の設備もない。製品は殆どが外注生産、堀田さんは秀逸なアイデアを自前で商品化する術を持ってなかったんだ」
「高嶋が出したお金で、そのなんとかマシンは買わなかったの?」
「カネはすべてマーケットの拡大に投じられ、新商品開発に予算は残らなかった。根っからの技術屋である堀田さんは治まらず高嶋に掛け合うモータースポーツ関連の市場が先細り傾向にあると読んた高嶋は、これ以上の商品展開は必要ないと考えながらも、垢抜けない社名の変更と株式上場を条件に増資を承諾する」
「じゃあ、高嶋が大株主になったってこと?」
「いくら経営実務に疎い堀田さんでも、持ち株比率に極端な変動があれば警戒を強める。高嶋は増資分すべてをCBで持つことにした」
「なあに、それ?」
「転換社債だよ。一定期間の後、発行時に決められた値段で株式に転換できる債券のことだ。半年後の株主総会で、高嶋は堀田さんの代表取締役解任を動議する。その時点で高嶋が保有する株式は三分の二を占めていた」
「堀田さん、追い出されちゃったの?」
「ああ、合法的にね」
コウは大きく息をついて言った。
「不倫をすれば騙された女性が悪者にされ、詐欺みたいな企業が罰せられることもない。会社の乗っ取りも合法か――。ねえ、これってどこか間違ってない?」
人道的見地から言えば、どこかどころじゃなく根本的に間違っている。だけど哀しいことに法律は権力者の道具でしかない。被統治性を目的に作られたものである以上、裁定の天秤は強者へ傾くことを好む。一介の飛ばし屋に過ぎない僕に、その枠組みを変えるまでの力はない。




