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「でも、酷い男よねえ。たんまり慰謝料をふんだくってやればいいんだわ。あの封筒には幾ら入ってたの?」

「二百万。だけど、男が法律に疎くて良かった」

 女の腐ったような男が多いこの現代、決着のついた事案を蒸し返さないコウは男前だ。

「どういうことよ?」

「これは女性の側が慰謝料を請求されても仕方ないケースなんだ」

「なんでよ? 騙されていたのは彼女なんでしょう」

「民法ではね――」

 僕は『特上カバチ』第一巻で得た知識を語る。

「えー、なんでぇ? そんなの絶対に変! だって、浮気する時点であの男の家庭は崩壊しちゃってるわけでしょう

 コウの言い分は正論だと思う。だけど法律が決して弱者の味方でないことも事実なのだ。

「この場合、争点は『彼女が、男に妻子がいることを知りながら男女の関係を持ってしまった』ところにあるんだ。男の奥さんが訴訟を起こせば、彼女はほぼ間違いなく負ける」

「じゃあ、せめてあいつが不倫してたことを奥さんにバラして――」

「離婚訴訟を起こすよう仕向けろとでも言うのかい? 無理だね」

「なんでよ」

 コウが口を尖らせる。まるで僕が不倫を責め立てられているようだ。

「調べたところ、奥さんは専業主婦で、特に就職に有利になる資格も有してはいない。子どもだっているんだぜ」

「じゃあ、なに。ただ経済的に依存するためだけに婚姻関係を持続させるって言うの?」

「そういうことになるね。でなきゃ宗教的制約のないこの国の離婚率はもっと上がっていていいはずだ」

「それって絶対におかしい!」

 僕はひとつ息をついて言った。

「あのね、性交渉がないことは正当な離婚理由として認められている。なのに三組中、二組は離婚してないだろう?」

「そんなの、なんでタクちゃんにわかるのよ! あっ、そんなところまで覗いたんだ、この変態!」

「バカ言え! そんなの覗いたりするもんか」

「じゃあ、なんでわかるのよ」

「大半の男というものはだね、結婚して三年も経てば……」

「経てば?」

「その……、ガンディーになっちゃうんだよ」

「はあ? なにそれ」

 敢えて直截的表現を避けてやったのに――。

「奥さんとセックスをしなくなってしまうってことさ」

「結婚ってそんなにいい加減なものなの? 地味婚だって神仏の前で永遠の愛を誓うじゃない」

 得心のいかないコウは、頬を赤らめながらも反論してきた。

「さあね、僕に結婚生活の経験があるわけじゃないから――。だけど、ここから見る三次元宇宙は、どこも似たり寄ったりに見える」

「そうなんだ……」

 言い過ぎたかな? 意気消沈したコウに僕はフォローを試みる。

「別れてない二組のなかには、互いを生涯の伴侶として認め合えている夫婦もあるんだろうね。悪党ばかり見てる僕の眼が曇っているだけかもしれない」

 在りし日の幸の顔が僕の思考をよぎった。

「あの不倫男を弾き飛ばしてやるつもりなの?」

 少し間があってコウが言った。

「いや」僕はこの言い争いから約二十年前、白壁も眩しい新築家屋で開かれたパーティー商法の場面を開いてコウに見せる。「この事案はかなり入り組んでいてね。事の起こりはここなんだ。招待客は全員が主催者である女性の元パート仲間、生活水準の似通った方々だ」

「これは……ホームパーティーよね? なんで鍋や化粧品が並んでいるの? あっ、わかった! ビンゴ大会が始まるんだ」

 無限連鎖講が形を変えただけのマルチ商法は、その多くが前世紀中に姿を消している。コウが知らなくても不思議はない。

「そういう長閑な集いならいいんだけどね」

 僕はマルチ商法の概要をコウに説明する。

「――つまり儲かるのはゾーン・リーダーとか呼ばれる親ネズミの親玉と総元締めだけ、損を取り戻そうと躍起になればなるほど損害は増えていくばかり。最後にはケツの毛まで毟り……、失礼、丸裸にされてしまうのが子ネズミたちの末路だ」

「よく、わかんないなぁ。だって主催者のおばさんはそれで家を建てちゃったんでしょう? 頑張って親ネズミになれば儲かるってことじゃない」

「そうとでも言わなきゃ誰がこんなシケたパーティーに来るもんか」彩こそ豊だが、コンビニで仕入れたワインや野菜中心の料理群に贅を凝らした感はない。「亡くなった父親の遺産分配分を頭金にしたってのが本当のところだ。新規加盟者を増やせば手数料も増える。それをローンの支払いに充てるつもりだったらしい」

「ひっどーい、お友だちにそんなことする?」

「ひとがふたり以上いれば、そこに認識のズレは生じる。恋人や夫婦だって例外じゃない。なんだ、新築ってこの程度? と笑ってやるつもりだったひともいただろう。もしかしたら自分にもマイホームが、と淡い期待を抱いたひとだっていたかもしれない。いずれにせよ友だちである我々をカモるようなことはないはずだ。招待客がそう思い込んでくれればもっけの幸い。主催者は腰を据えて仕事にかかることができる」

 この手のパーティー商法の場合、その狙いは〝ひとりじゃないから〟という安心感を多数者効果という一種の集団幻想に転換させることにある。振り込め詐欺グループを率いていた菱田でさえ社会心理学を利用していたのだ。世界戦略を展開していたオネスティ・インターナショナルなら、より完成度の高い『騙しのテクニック』が考案され用いられていたと考えて相違ない


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