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「さて、この不心得者は――」
コウに意識を支配された神永は、僕たちの作戦通り地下の矯正施設にはいるだけの信者を詰め込み、床に転がる僕の頭上で一席ぶち上げている。一団のなかには飯沼さんの姿もあった。
梅雨も終わりかけのこの時期、しかも濡れたままの拘束衣は不快この上なかったが、僕は来るべき時を慎重に測っていた。
「どこの教団に送り込まれたのかは知らんが、水行を耐え抜くだけの精神力は敵ながら天晴れと言わざるを得ん。しかーし」
少々、芝居がかちすぎの感もあるが、コウの堂に入った教祖ぶりに、僕は少なからず驚いていた。
「神の子である儂の前で偽りを通し切れるものではなーい」
(宇宙創造主です)
演歌歌手が小声で耳打ちをする。
「あっ、宇宙創造主だったかも」
げっ! 僕は薄目を開けて頭上を窺うが、神永がおかしいことに誰も気づいた様子はない。この手の言い間違いは日常茶飯事なのかもしれない。しかし、言うに事欠いて〝かも〟はないだろう、〝かも〟は……。
「あー、おっほん」バツが悪そうにひとつ咳払し、コウに操られた神永が続ける。「では見るがよい」
トレードマークであるライトグレーのスーツを着込んだ神永は、僕の頭上に屈み込む。
(出るわよ)
神永の顔が一番、近づいたところで、僕は腹筋の要領で頭突きを見舞う。瞬間、コンマゼロ一秒のズレなく体分子の電荷を反転させた。
光の鱗粉が舞い実体化が始まる。コウは通販型自動車保険のイメージキャラクターを模していた。
「お疲れ様、危なっかしかったけどやり遂げたわね」
「君のお陰だ。今後、勝手な行動は慎むようにする」
ご機嫌をとるつもりはなかった。コウの助けがなければ、仕事をこなすどころか、僕の肉体は七十一番さんと一緒にコンクリート詰めになっていたかもしれないのだ。
「素直でよろしい」
「ところで頼みがあるんだけど」
僕が従順だったのには訳がある。
「なあに? 改まって」
「仕事を終えた三次元宇宙を覗けないルールは承知の上でお願いする。飯沼さんがどうなったかが知りたい。リチャードさんに頼んでくれないか」
「なんだ、そんなことか。あたしを誰だと思ってるの、タクちゃんの教育係よ。ディックに頼むまでもないわ」
「そうか! だったら頼むよ、この通りだ」
下げるべき頭は持ってないが、僕の精神は深々とこうべを垂れていた――はずだ。
「嫌よ、気持ち悪い」
なんだ、その感情だけ先走った言い草は……。唖然とする僕に、コウは腰に手を当てて言った。
「いいこと? 知っての通り、タクちゃんが弾き飛ばせるのは正確にタクちゃんの質量分だけ。神永みたいなのが一度飛ばされたくらいで性根を入れ替えると思う? おまけにあの巨体よ」
コウの言わんとすることはわかる。神永は、身長190センチはあろうかという大柄な男だった。
「行く先々で弾き飛ばされるだろう神永が、さっきの三次元宇宙に戻ってくる姿なんか想像つきそうなもんじゃない。それに、なんであのオジさんの心配なんかするのよ。タクちゃんを裏切ったひとでしょう」
コウは腰に当てていた手を胸の前で組む。僕は学校の先生に叱られているような気分になった。
「あれは、あのひとの本意じゃない。教団による洗脳のせいだよ」精神は不可侵でも思考にはひとの手が加わる。「成果が報酬に反映されるでもない僕は、仕事の成否さえわからない。これはずっと不満に感じていたことなんだ」
「報酬が欲しいわけ?」
「そうじゃない。自分がしていることの意味を知りたいんだ」
「三次元宇宙が多元であることを知った上で言うのね?」
「うん」
腕の一方を口に持っていったコウは親指の爪を噛んで思案する。そして言った。
「今回だけよ」
「恩に着る」




