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「誰かいませんかー! 急病人です、救急車を呼んでくださーい!」

 窓から身を乗り出し、声を限りに僕は叫んだ。

 上がり框のないこのプレハブでは、なかに入る際、履物は外のコンテナボックスに放り込まれる。素足でガラス片を踏みつければ、痛みはコンマ一秒遅れ僕の脳を急襲する。

「なんですか、騒々しい」

 再三の呼びかけに、押取り刀で近寄ってきたのは、僕をここに案内した青白い顔の信者だった。

「七十……」何番だっけ?「ええと、とにかく信者さんのひとりが熱射病で大変なんです! 救急車を呼んであげて下さい!」

 しかしそいつは、平然とした顔で僕の要請を拒絶する。

「ここをどこだと思っているんです。熱射病なら御神水を与えればすぐに治ります。どれ――」

 腰にぶら下げた鍵束をジャラジャラさせながら青白い顔の信者はプレハブの正面に回る。僕も慌ててドアのほうに向かった。

「病人はどこですか?」

 ドアの隙間に顔だけ挟入れ、小刻みに首を振って部屋を見回す様は、どこか鶏のようでもある。

「はっ、こちらです」

 僕が口を開く前に三十六番は、異常事態の発見は己が殊勲とばかり青白い顔の信者を手招きした。

 七十一番さんの四肢は痙攣し始めていた。依然、発汗は見られないので熱痙攣の症状とも合致しない。このままでは……。

「救護室に連れていく。ひとを呼んできてください」

 七十一番さんの口元に耳を寄せ、呼吸音を確かめていた青白い顔の信者は、顔を上げて言った。

「僕が行ってきます」

 開いたままのドアから飛び出そうとする僕を、青白い顔の信者が呼び止める。

「待てっ! あんたはだめだ。三十六番、あなたが行ってきなさい」

「はいっ」

 三十六番は風を巻いてプレハブを飛び出ていった。僕は開かれたままのコンテナボックスから素早く靴を取り出してズボンのなかに隠す。股間がじゃりじゃりして気持ち悪かった。

「ひとが起きている時間だから良かったものの」七十一番さんが運び出されたプレハブで、僕は青白い顔の信者に言った。三十六番も戻っており、褒美を待つ犬のように青白い顔の信者に寄り添っている。「深夜だったらどうするんです? 見たところ他のプレハブにも高齢の方は多いみたいですし」

「宿舎と言いなさい」

 僕の正直な感想が気に入らないようだ。青白い顔の信者は訂正を求めた。

「失礼しました。これだけの数の信者さんを――、ええと、あなたをなんとお呼びすれば?」

「わたしはアオドウシサンジュウイチバンです」

 なげーよ、アホ導師にしとけ!

「我々は導師様とお呼びしております」

 僕の心の声が聞こえたのでもなかろうが三十六番が言った。

「失礼しました。多くの信者さんを導師様ひとりで管理なさるのは大変ではないですか? 実は知り合いに防犯設備の会社を経営する者がおります。僕が安く工事するよう掛け合ってみましょうか。各プ……宿舎に防犯カメラを設置するなり防犯ベルで異変を知らせるなりのシステムがあれば導師様の負担もうんと減るのではないでしょうか」

 バルクからの調査では監視カメラは本部ビル内だけで、ここにそういったものはなかったはずだ。僕がこう言ったのは、見落としがなかったかどうかの確認だった。アホ導師はしばし考えた末に言った。

「止めておきましょう。先週、黄導師が扇風機の設置を大師様に提案したところ、『肉体に楽をさせるのは修行の妨げになる。そんなカネがあるなら大本殿の工事に回せ』とのことでした」

「そのことですが」三十六番がおずおずと口を開く。「わたくしがお手伝いに伺えるのはいつになるのでしょう」

 後年、世界遺産に認定される霊峰の裾野に建造中のそれは、世にこれほど悪趣味な建造物があるのか、と僕を驚かせたものだった。建造には大手ゼネコンが当たっていた。教団運営への非難は随所で起こっており、総工費うん十億円とも言われた建造費が信者から吸い上げられた血肉であったことを知らないはずはない。泥棒の上前を撥ねていた彼らをなんの罪にも問えない――そんな国が法治国家だと言えるだろうか。

 ともあれ、プレハブ群の置かれる場所に監視システムはなく、見張りはアホ導師だけであることが確認できた。


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