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 道場と呼ばれるだだっ広い板の間にテレビカメラが入っていた。監督者は警策を持っておらず、板の間には敷物。唄題も神永個人を讃えるものからから神道色の濃いものに変更されている。敷物に正座する信者たちのなかには戸惑いの表情を浮かべる者もいた。

 高速道路沿いに教団の大看板を掲げ、テレビ・ラジオの放送枠を買い取って番組を流してもいた神永の知名度はうなぎのぼりだった。診断の間同様、道場にも多くの額が掛けられており、後援を期待する無節操な芸能人、話題の人物にあやかろうとする政治家、驚くことに文化人と呼ばれる者たちまでがにこやかに神永とツーショット写真に収まっていた。視聴率至上主義のワイドショーが取材に押し寄せることは当然の帰結だったと言えよう。

 いわゆる〝やらせ〟番組が横行したこの時代、ある出来事からテレビ局と一悶着あった僕は、正義の御旗の如く振りかざされる『報道の自由』が、特権意識による横暴でしかないことを知る。コメンテーターの席をお笑いタレントが占め、意見を求められる自称有識者が〝でたがり〟ばかりになった頃、僕は民放を観ることを止めていた。

 取材用の修行は大幅に短縮されていた。休憩時間にはレポーターのインタビューが入り、信者は楽しげにそれに応じる。飯沼さんの姿は見当たらない。和気藹々といった雰囲気をだすのに、おどおどした様子で修行に臨む新参者や洗脳が行き過ぎた者は不適当だ。教団ヒエラルキーの上位にいる信者が殆どなように思われる。僕のようにきょろきょろ周囲を見回す者はいなかった。

「お疲れ様です。修行は楽しいですか?」

 僕にもレポーターがマイクを向けてきた。話を聞き出す術は心得ていても真実を見定める眼は持ち合わせてないと見える。

 あんたにはこれが楽しく見えるのか? それを呑み込み、僕は無難な回答を選んだ。

「ええ。僕はこれが初めてですが、唱題……って言うんですか? あれを唱えていると心が晴れやかになるような気がします」

 勿論、そんなことありっこない。

「わたくしどもでは、あれを法唱と呼んでおります」

 飯沼さんに駄法螺(だぼら)を吹き込んでいた中年女性が、僕とレポーターの間に割り込んできた。ガラスの家に住みながら石を投げる行為であることを承知の上で言えば、その女性は決してテレビ映えするご面相ではない。

「そうなんですか、よく憶えておきます」

「初めてでは仕方ないわよね。でも、あなた、とても筋がよろしいわよ」

 褒められたところでちっとも嬉しくない。テレビカメラが移動するとそのおばは……もとい、女性も僕から離れていった。

 次にテレビクルーは若い女性信者のところに向かう。

「素晴らしい人格者であられる大師様の下、信者数は十万人を超えました。わたしなど想像もつかないほどのご多忙であられるはずです。それでも大師様は修行を欠かされず、精力的に全国の道場を回っておられます。わたしはお身体を壊されないかが心配で……」   

 よく通る声ではきはき答えていたかと思えば、突然、涙ぐむ。芸能プロダクションに所属していた彼女にとってこの程度の演技はお手のものだろうが「それはご心配でしょうね」とシンパシーを寄せる女性レポーターにもしたたかさが感じられた。レフ板を構えていた青年の眼が赤い。女性が自由自在に涙を流せるものだと彼が知るのはもう少し先になりそうだ。

「神永がお逢いになります」

 事務服の女性が告げにきてテレビクルーが去って行く。信者たちが薄っぺらい敷物を丸め始めたので今日の修行は終わったものだとばかり思っていると「修行を再開する」と、監督者の野太い声が道場に響いた。

えっ! マジ? 抗議の声は僕の心中以外、どこからも上がらない。監督者はだぶっとした修行衣のなかからするすると警策を引っ張り出すとそれを信者の列に向け、一度大きく振りかぶってから突き出す。

「はじめっ!」

 号令を下す監督者の眼には、さて、誰を打ち据えてやろうかとばかりにサディスティックな輝きが灯る。

 やれやれ――

 再度、膝立ちの姿勢を取った僕は、調子っぱずれに神永を讃える法唱とやらを唱え始めた。


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