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おしなべて破壊的カルトの教祖は自己顕示欲が強いものだ。通された診断の間は八疊間の和室で、欄間飾りが隠れて見えないほどたくさんの額が掛かってている。それは著名人とのツーショット写真だったり、文言からは趣旨を汲み取りにくい貢献を表彰するものだったりした。博士号は左端に掲げられていた。
やはり……、か。
学位を発行していたのはディプロマミル、有名な大学と誤認しやすい名称がつけられた学位販売機関だ。神永は短大卒だ。彼は2800ドルで学位を買っていたのだった。
「あいや、すまん。学会の打ち合わせが長引いてしまってな。これでも急いで戻ったのじゃが――。こちらが相談者の方かな?」
部屋に通されて十五分ほど経った頃、奥の襖が開いて、神永がその大柄な体躯をあらわした。テレビでよく見かけるライトグレーのスーツを着込んでいた。
「はい、初診申込書はここに置いておきます」
クリップボードに挟んだそれを入口のカウンターに伏せ、案内の女性は部屋を出ていった。
ここから騙しが始まっている。僕のように紹介者なしで飛び込んできた相手だと一の矢であるホット・リーディングが封じられる。下調べの時間がないからだ。その場合、待合で待たせているうちに別室で控える神永にファックスで相談者の情報を流しておく。初診申込書の記載内容を見ずに足裏から読み取ったように思わせるのだが、呻吟の末、ここを訪れた人々はそんな小芝居すら見破れない。
「対人関係で悩んでおられる、そうお見受けしたが如何かな?」
だいたいに於いてひとの悩み事は大別してみっつ――健康、カネ、人間関係だ。『いや、自分は夢の実現についての悩みなんだ』と言われる向きもあろうが、それにしても両親の反対であるとか、夢を追い求めている間はどうやって食っていくかとで、人間関係や経済問題は絡んでくるものだ。見てくれや顔つきで経済状況や健康状態の判断はつくのだから、そのどちらかを言っておけばどうとでもこじつけられる。霊感商法はカネのない人間には用なしなのだから。僕の場合、ご丁寧にも『年下の女性に軽視されて困っている』と診断申込書に書いてやっているのだから、お見受けもなにもない。だが、なにを焦ったのか神永は足裏を見てもいない。靴下を脱ぎかけていた僕は意表を突かれて顔を上げる。そこには案の定『しまった、焦ったわい』という偽霊能者の顔があった。
「うっ、うんっ」神永は咳払いをして言った。「足裏が魂の鏡であることはご存知のようじゃな。じゃが、深い悩みは暗黒のオーラとなっておまえさんを包み込んでおるのじゃよ」
「霊能者の方には、隠し事などできないということですね」
なんで、こいつの失態を僕がフォローしてやらなければいけないんだ……。だいたい、魂にせよ精神にせよ、光を反射しないのだから、生身の人間に見えるはずがない。
バルクと三次元宇宙との行来は既に十回を超えるが、僕は本物の霊能者というものに逢ったことがない。魂を救済できるほどの力を授かった人物がテレビになどでるものだろうか。後に流行るスピリチュアルブームでも多くの似非霊能者が出現するのを僕は知っている。テレビ番組で相談者を怒鳴りつける毒婦など目に余るものがあった。
「では、足裏を拝見させてもらうとしよう」
待ってました! 悪党へのペナルティが〝ただ別の次元に存在を変えるだけ〟であることにかねてから不満を持っていた僕は、今回、秘策を練ってきていた。今こそ、それを実行に移す時だ。僕は分厚い靴下を脱いで神永の前に素足を差し出す。エンジニアブーツで重武装した足裏からは陽炎さえ立ち上りそうだった。
「うっぷ……」
神永の顔が歪む。大成功だ!
自慢じゃないが僕の足はかなり臭い。新製品のデモなどで一日外回りをした後に靴下を脱げば、部屋はたちどころに納豆のフレグランスで満たされる。しかもいまは湿度の高い梅雨のさなかだ。神永は最強の足裏から顔を背けて言った。
「泊まり込んで修行なさるがよい」
僕はあっさりと潜入に成功した。




