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 破壊的カルトが洗脳に用いる手法はどこもよく似ている。まずは信者とじ物を着せ、修行と称し教団トップの絶対性を唱え続けるよう命じる。警策を手にした筋骨隆々とした監督者に戦々恐々とした対象者は、周囲に倣っているうちに多数者効果に陥ってしまう。更に、その繰り返しが、知らず知らずのうちに連呼する名の相手への好感度を高めさせていく。これは単純接触ザイオンス)効果と呼ばれる。こうして熱狂集団のなかに放り込まれた洗脳対象者は現実感覚をなくしていく。デモ集団が、突然、暴徒に変容してしまうのもこの作用が働いているせいだと考えられる。『泊り込み』も重要な要素だ。情報の孤島に置かれた洗脳対象者は非日常へと追い込まれ、正常な思考ができなくなるのだ。

「よーし! 十分、休憩にする」

 飯沼さんの疲労が極限に達した頃、監督者から修行中断の指示が出された。ぜいぜいと肩で息をする飯沼さんに、隣にいた中年女性が上気した顔で近づいてきた。

「お疲れ様でした。いまは大変でしょうけど、すぐに慣れますよ。わたしも最初は――」

 勿論、こいつもサクラだ。極限の疲労が正常な思考力を奪うことを、教団の洗脳担当班は熟知している。「――三日目の朝でした。わたしの寝床に大師様がおいでになり『あなたの信心はしかと確認できました。これを持って行ってご主人に()ませてあげなさい』と御神水を譲ってくださったのです。お代も受け取られませんでした。医学博士でもある大師様が悪いものくださるはずがない。わたしは喜び勇んで夫の入院していた病院に戻り、大師様のお言葉通り主人に御神水を呑ませたんです。そうしたら驚いたことに、次の検査で癌が小さくなっている、とお医者様に言われたんです」

「はあ、三日間で……」

 完全看護の病院に医療知識のない自分がいたところで何の役に立てるものでもない。ならば――。

 考えに耽る飯沼さんを観察していた中年女性は、監督者にハンドシグナルを送る。『せいぜい二日といったところかしら』それが洗脳を完全にするために必要な日数であることは言わずもがなだ。

 僕はどのシーンに登場すべきか考える。

 この三次元宇宙での飯沼さんは、三日後、既に全財産を教団に寄進してしまっており、神永を弾き飛ばしてもその事実は変えられない。ワイドショーの視聴者より後に神永の逮捕を知り、妻の死に際にも立ち会えず、一年半ぶりに戻った安息の我が家で子どもたちからの冷たい視線に晒される未来が彼を待っていた。

 ならば、奥さんの最期を看取ることができ、神永の逮捕映像に溜飲を下げる飯沼さんのいる世界を創造してやろうじゃないか――僕は不遜にも神の真似事をしようとしていた。


「紹介者はおられますか?」

 受付で事務服の女性に訊かれる。相談者を偽って教団への侵入を試みているところだ。

「いえ、僕は神永さんの書かれた本を読んで――」書店には、飯沼さんに送られたものの他にも数刷の神永の著書があった。そのうちの一冊、『成功者の法則――秘められた力の解放が、あなたを幸福に導く』を掲げて僕は言った。「紹介者がないと鑑定していただけないんでしょうか」

 現在の不遇はすべて社会の不当な評価によるもの――そう考える内向的で偏狭な人々は少なくない。その本にはそんな連中の自尊心をくすぐるような内容が語られていた。社会への不満を煽り、教団自前のテロリスト集団でもこさえようとしていたのかもしれない。数年前、地下鉄に毒ガスをばらまいたあの破壊的カルトのように。

「神永は医学博士です。診断はどなたでも受けられますよ。では、こちらにご記入してお待ちください」

 ちぇっ! 釣られなかったか。事務服の女性は、わかる範囲で結構ですから、と『初診申込書』を差し出してきた。病院のそれと大きく違うのは、生家の家業や資産状況、家族構成の記入欄があったことだ。

 職業――T工科大修士過程在学中、生家の家業――両親は高校教諭 資産状況――普通(だと思う) 正しくは、職業――自動車整備工具製造販売会社勤務、父はサラリーマンで母と離婚している、資産状況は並み、だったが、早いとこ修行場に潜入するため教団が望むだろうカモのモデルケースを騙った。

「神永がお逢いになられます」

 受付正面の待合には僕ひとりしかいなかったが、名前を呼ばれたのは初診申込書を出して一時間が経過してからのことだった。

 詐欺行為に勤しむでもなく、信者にクンロクを垂れるでもない時の神永は、ビデオゲームに熱中することが多かった。お気に入りは戦国時代もので、戦乱の時代に終止符を打ち、三百年近い安定政権を築き上げた徳川家康に自らを重ね合わせていたようだ。

 いい歳して、おまえはコンサートに二時間遅刻してきたジャスティン・ビーバーか! 

 僕は心のなかで毒づき、表面上は謁見なった喜びを装って『診断の間』に案内する女性に付き随った。


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