ぼくとねえさん。
「もう……大丈夫。もう大丈夫よ。これで、もう誰もあなたを殴らない、もう誰も傷つけない。ねえ、何で泣いてるの? これはあなたを傷つけたのよ、だから――――」
僕の姉さんが異常者であることは誰もが疑わなかった。試したことはないけれど、姉さんを少しでも知っている人ならば、みな口々に姉さんが異常であることを認めるだろう。
それほどまでに姉さんは異常者足る存在だった。
普段こそ僕のように顔に笑みを張りつけ、穏やかな雰囲気を醸し出しているけれど、やはり姉さんは全体の中で際立った何かを持っていた為に、交友関係は限定されていたし、異常な行動のせいで学校全体からは腫れ物扱いされていた。みな内心、姉さんをとっとと病院なり刑務所なりに入れた方がいいと思っていたに違いない。
何か学校で問題が起きれば、みな真っ先に僕の姉か、柳川月という生徒を疑った。
他人が自分を異常者として扱う世界。
他人が自分を怪物として扱う世界。
それもまた姉さんの心を蝕む要因のひとつになっていたように思う。
姉さんに優しくしてくれる友達なんてものが、あれば少しはマシになったんじゃないだろうか。
でも、姉さんの友達ってことは……それはきっと姉さんと違う異常さを孕んだ人なんだろう。
僕としては姉さんがどうしておかしくなってしまったのかという過程を見てきて、知っていて、その原因でもあったから、姉さんを認め続けることしかできなかった。姉さんが僕をからかった人を学校の窓から突き落としたのも、僕と仲が良かった女の子に罵声を浴びせて真冬のプールに放り投げたのも、僕を殴ろうとしたあの人達を動かなくなるまで殴り続けたのも、僕は認めてあげなくちゃならなかった。僕が守ってあげなくちゃならなかった。
そうでもしなかったら、姉さんはずっと、一人だっただろうし。
そう思うと僕も姉さんと違う異常を孕んでいたのかもしれない。
僕は姉さんの為に、姉さんは僕の為に。
互いを心の奥底では憎んでいて、嫌っていて、憎悪していて、でも姉さんが……あるいは僕がいなければ僕らは生きていくことができなくて、大切で。
なんて、なんて利己的なんだろう、僕らは。
自分が一番で、自分を守る為の手段として他人を自分よりも優先する。利己的で利他的だ。ちぐはぐで無茶苦茶だ。
でもそうでもしなければ僕らは生きていけない。
だから。