私と彼と数学。
「お前の姉は一体、普段何を食べて生きているんだ?」
彼はなかなか靡かなかった。金額を釣り上げても、現金をチラつかせても、手淫で弄んでみても、なかなか解答を提示しようとはしなかった。
古い格言には沈黙もまた答えなり、という言葉があるそうだが、沈黙が答えであると納得出来るほど私の精神は発達していない。
あまりにも不動であった為、好きな相手がいるのだろうかと疑ったこともある。
常日頃、彼の周りを若いだけが取り柄の頭の悪そうな小娘が、キャンキャンと犬のように吠えづり回っており、彼もそれを鬱陶しそうながらも若干許容している風だったのだ。
私は別に恋人の地位が欲しいわけではない、もしもそういうことで遠慮しているなら考えなおして欲しいと伝えると、彼はいつものように困った表情で笑い、それを否定した。私が嫌いということでもないらしいが、答えが明確化していけばしていくほどに私の鬱積は積もった。
では何が問題なのか、と。
半ばホームレスのように暮らして、賞味期限が切れた食べ物で飢えを凌ぎ、いつ死ぬか分からない生き方のほうがいいというのか、と。
別に痛みを伴うことをするわけじゃない。生物学的にいえば彼には得と快楽しかないし、痛いのは寧ろ私の方だ。
私の容姿が問題なのだろうかと悩む。私は確かに美人というわけではないが、それなりに女性的な肉体をしていると思うし、それなりの体をしていると自覚しているつもりだ。いや、そういうのが嫌いなのだろうか、幼児性愛者なのか。
しかし、彼はまたしても違うという。
では何なんだと私が少し強い口調でいうと彼は頬をかいて“そう関係で、そういうお金の稼ぎ方はよくないから”だと言った。不純で健全ではないからという答え。
呆れながらも彼らしい解に私は何も述べることができなかった。
自分のルールの為に彼は死ねるのだ。それが飢えてしまい、誰もが後悔する解であっても彼はそれを選ぶ。
私はああ、駄目なのかと思い、半ば諦めかけた状況でふと彼の姉のことを聞いた。不思議だったのだ。いつも彼は自分の分しか廃棄の弁当を受け取っておらず、持ち帰っていなかった。また、彼女の姉がそれをしているところを見たこともなかった。
だから、自然に言葉が出た。
お前の姉はいつ食事をしているのか、と。
その言葉を聞いて、彼の表情が明らかに変わった。