ぼくとねえさん。
「……死んでやる」
姉さんが僕に性的な価値を見出すようになったのは、割かし最近のことで、あれは姉さんのお仕置きがあった蒸し暑い日のことだった。
姉さんはフラストレーションが溜まると、僕に当り散らすのがあたり前で、何かと言い訳をつけては僕の服を剥ぎ取り、ベランダへと放り投げるのが常だった。
真夏日のベランダの板は熱した鉄板のように熱く、冬の寒空は身動きひとつ許されないほど厳しかった。
何故、こんなことをするのだろうと考えたことがある。考える時間は豊富にあったから。
多分姉さんは心のどこかで僕のことを恨んでいたんじゃなかなと思う。いつも自分ばかりに辛いことを押し付けて、押入れでじっと息を殺している弟が疎ましくて、憎ましかったんじゃなかって。でも同時に大切と思っていて……大切だと思わなきゃ自分が親に折檻されいることの正当化ができなくて。
復讐と保護の正当化。それが姉さんが僕にすることの理由。
人はみな、何かしらの理由をつけて自分の行動を正当化する。
そんな姉さんの突発的な暴力を受けていたある日、僕は姉さんが服を着替えている時に妙にネバつた目で見ていることに気がついた。どうしたの、と僕が聞くと姉さんはクラスメイトのヒメノカオルさんという人の話しを始めた。よく分からないけど、まとめると「弟というものはいくら可愛くてもいつかは自分の手から離れてしまう。もし、そうなってしまうことを想像して、耐え難いものを感じるのなら、飛び立つ前に羽をもいで、自分の物にしてしまうエゴイズムの方が幸福だ」というものだった。
その時の姉さんは妙に切羽詰ってて、仕切りに僕にもしも僕がいなくなったら何を心配すればいいのかということを罵倒混じりに叫んだり、両親のように僕も姉さんを捨ててしまうのかと激昂した。正直、意味は分からなかったし、どうしてそういう飛躍に陥るのかも理解出来なかった。
姉さんの谷底のように深い狂気を前に、恐怖を感じた僕は逃げようと部屋を出ようとした。すると姉さんは急に落ち着いた口調になって、逃げたら死ぬと僕にいった。
拒んでも死ぬし、逃げても死ぬ。
受け入れる以外の選択は全部死んでやる。
目の前で首を切って死んでやる。
そういった。
僕は姉さんが本当にそういうことをやってしまう人だということを知っていた。例えば姉さんの目の前に人がいて、姉さんが殺すといえば本当にその人は姉さんの手によって殺されてしまうし、校舎の窓からおとしてやると姉さんが言えばその人は本当に三階の窓から一階に向かって落ちていく。
姉さんにとって、人を殺すというのも、傷つけるということも、ちょっとそこまで買い物に行ってくる程度でしかないのだと僕は分かっていた。後悔や罪悪感や法律とか倫理というものは端から崩壊しているんだって。
だから僕はそれを拒めなくて、しかたなく、姉さんと、関係、した。