ワタシ。
好きなだけ殴ればいい。好きなだけ骨を折り、肉を裂け。笑い、蔑み、見下せばいい。
ワタシは最後にその上を行って、お前をせせら笑ってやる。
笹本くんが先輩と直に話すチャンスを狙って笹本くんを人質にし、脱出しようと思った。けどアイツは当然ワタシの思惑に気づいていて、ワタシを呼ぶとまた腹を思い切り、フルスイングしてくれた。子宮が潰れたらどうしてくれるんだと思った。アンタみたいに羊水の腐った年増には分かんないかもしれないけどね、女の子は子宮が一番大切なんだよ馬鹿。
血反吐を吐きながら床に膝まづくと、ワタシの顔を思い切り蹴り上げた。このワタシの顔をだ。この美しく可愛いワタシの顔に汚い足でケリを入れるなんて正気の沙汰とは思えなかった。異常者の考えは理解できない。
そのまま暴力教師は石ころを見るような目でワタシにバットを振り下ろした。ボカボカ、ドコドコ。メキメキ、ゴキゴキ、バキバキ。
「あ、あの、先生……何でそんなこと、するんですか?」
「こいつは隙さえあれば君を人質にとって何かするだろうからね。大丈夫だ、本気じゃない。軽く足を捻挫するくらいだろう」
嘘つき。どこが捻挫するくらいよ。人の骨ぼきぼき折ってんじゃん。笹本くんが馬鹿だからって調子に乗りすぎだよ。
笹本くんも笹本くんでそれに納得して、姉とハグしてる。家族と最後のお話ししてる。あはは、ムカツクな。ちょっとムカツク。ムカツク。
でもいいよ。どうせ、先輩は死ぬし、こいつも破滅だし、ワタシは笹本くんと一緒になるから。
こいつの最大の弱点は笹本くんに甘いこと。笹本くんを溺愛してるから笹本くんをちゃんと見れていないこと。
ワタシはね。一番近くで見てきたんだ。すぐ側で彼の動きひとつひとつを見てきたんだ。彼がキャラを作っていて馬鹿なこと言ってるのかを調べる為に。彼がワタシに本当はその他多くの男子生徒と同じように好意を持っているけれど、それを隠しているのかと調べる為に。笹本くんがどうすればワタシを好きになってくれるのか調べる為に。笹本くんがどんな女の子やどんな仕草が好きなのかを調べる為に。ワタシは見てきたんだよ。
彼の我慢できる限界スレスレもワタシは分かってる。彼の耐えられないこと、嫌いなことも知ってる。彼がどういう時にどういう行動をするのかも理解してる。
だからお前たちにはワタシは負けない。負けてたまるか。
肉欲と狂気に染まったお前たち何かに負けるもんか。
ワタシは一緒になるんだ、笹本くんと一緒になるんだ。絶対に。
ワタシが疑問を呟くとみんながワタシを見た。取り分け、笹本くんはやっぱりどこか納得しなかったようで目を丸くしていた。不信感がどんどんいっぱいになっていってる。それでいい。
途中、暴力を浴びせられた。内蔵が飛び出るような痛みだった。目の前がチカチカ光るような痛みだった。けれどそれが効果的に彼の心に波紋を残す。ワタシには分かる。
彼はきっとワタシの言っている言葉を理解することはできない。頭の回転遅いし、馬鹿だし、お人好しだから。でも何かが間違っているという感覚は伝わってる。それが大事なんだよね。それがあればいい。理解なんて二の次でいい。
「せ、先生! 秋穂ちゃんの言ってること……本当なんですか!?」
「嘘に決まってる。私は君に正直だ」
「そ、そ、そうですよね。先生は先生ですもんね。僕に嘘ついたりしない。教師が生徒に嘘なんてつくはずないですよね」
それ最高に面白いよ、笹本くん。教師は生徒に嘘なんかつかない。そういう思考回路だからクラスの男子に騙されたり、掃除当番を押し付けられたりするんだよ。だから、この女に売春持ちかけられて納得しちゃうんだよ。そんなんだから自分の姉の凶行をどうすることもできないんだよ。
そんなんだからワタシみたいなのに好かれちゃうんだよ。
そんなのだから……いつも誰かに騙されながら守られて、いつも誰かの欲望の的にされちゃうんだよ。
「先生……あの、僕は何を信じたらいいんですか? 秋穂ちゃん、僕は何を信じたら……」
ああ、いい感じになってきた。笹本くんのその困惑しきってて、どうしたらいいか分からないって顔。いいよ、それでこそワタシの笹本くん。
その今にも泣き出しそうな顔。その誰かに助けを求める顔。
笹本くんがさ、そんな時、こんな時、誰の言葉を信じるか。ワタシは分かるよ、笹本くん。
ほら、彼女が口を開いた。ほら、笹本くんを心配してる彼女の口が開いた。
諦めて、舞台の袖に引っ込んだはずの彼女が開いた。
笹本先輩の口が、今直ぐ逃げなさいって。