私。
彼と姉は隅で命を重ねるように言葉を重ねた。大丈夫大丈夫と呟きながら泣きはらし、抱き合い、諦める。
私は残酷なのだろうか。
端的に考えれば、彼の将来を考えれば、彼の姉の存在と罪は社会的に許容できるものではない。それこそ彼女の行為はセンセーショナルで、人目につく。その為に彼が割を食わねばならない……などという事はあってはいけないだろと私は思う。
彼はきっと自分が姉のせいで苦労することになっても笑って許してしまうのだろう。それが私には理解できない。
ある一人が好き勝手に振る舞い、他人を巻き込んで、迷惑を掛けたのにも関わらず、その一人が未だ野放しで、自由を謳歌し、幸せを享受するなど私には耐えられない。
いつかそれは償わなければならないのだ。誰かが償わせなければいけないのだ。
それを残酷というのなら、世の理は全て間違いで、ねじ曲がっていて、腐り切っているだろう。
償いと罪と将来。
それを天秤に掛けることの意味をよく知っていたのは彼女自身だった。それ故に私の狙い通り彼女は死を選び、ここで彼の為に朽ちると言った。
彼も姉の死は辛かろうが、結局は諦め、そして納得していく。それを過去のモノとしていく。いや、していかなければならない。
「でもさー、おかしいよね。うん、確かにおかしいかも。確かに今ここで死ななきゃいけないってのも少し変かもしれないよね」
グズグズと泣きながら彼はその声に耳を傾けた。私の直ぐ側で膝まづいているこの女の声に。
彼を人質に取って、何かしようとする。それを分かり切っていた私は彼女を完膚なきまでに叩きのめし、地に這わしていた。
「どういう、こと?」
「いや、やっぱり先輩は死ななきゃいけないと思うけどさ。でもさあ、その前にこのお膳立てって誰がしてるのって思わない? なんかワタシ達さ、自主的に選択をしているようなカンジだけどさ、結局は無理やり選ばされてるようなもんじゃない? 餓死寸前で目の前には毒の皿が二枚、さあどっちを選ぶって言われてるようなもんだよ。それ自体が不公平な気がするって思うんだよね、笹本くうん」
狂人の戯言だ。
君は聞かなくていい。
「笹本くん、冷静になって考えて見ようよ。このお膳立てって結局、そこのノッポの暴力教師がやってることでさ、あたし達に選択権を与えてるように見えて、そこに選択肢なんてないじゃん。その筋書きを用意してるのってそこのノッポじゃない? ねえ、そう考えるとさ、先輩の償いもさ、今ここでやる必要なんてないように思えない? 何で今なんだって思わない? 変だよねー、変だよねー」
「え、え、え?」
……思った以上に彼女は賢いが、彼の処理能力を彼女は過信し過ぎている。それだけでは不信感を覚えさせる程度にしかならない。
私は静かにバットを振り上げ、彼女の背中を殴りつけた。ぎゃっという悲鳴に彼は目をぎゅっと閉じた。
「見なよ、笹本くん。ほら、見てよ。目を開けてよく見なよ。この女、ワタシを生かすつもりなんて毛頭ないんだよ。端から君と自分以外殺す気まんまんでさ、償いがどうこうってのも、所詮は言い訳と君を丸め込む為の切欠でしかないんだよ。あははは、いったいなあ。骨折れてなかったら奇跡だよね」
「先生、秋穂ちゃんの言ってること本当なんですか?」
嘘に決まってる。
私は君には正直だ。
「そ、そ、そうですよね。先生は先生ですもんね。僕に嘘ついたりしない。教師が生徒に嘘なんてつくはずないですよね」
「くふふふふふ、だっからさあ、笹本くんさあ、甘いよ。どんだけ恵まれて育ってきたの? どんだけ自分の姉さんに守られてきて育ったの? 本当にビックリするくらい馬鹿だね、笹本くん。先輩が過保護な理由も分かるなあ。これじゃ、世の中生きていけないもんねえ」
彼女が喋れなくなるまで殴ろうか。いや、それは彼の不信感を高めることになる。
それを狙っての無抵抗なのだろうか。
こいつ、思った以上に悪知恵が働く。
「あのさあ、笹本くん。詐欺師にアナタの言ったことは嘘ですかーなんて聞いて嘘ですなんて返ってくるわけないんだよ。幾ら天然の笹本くんでも、そろそろ気がついたはずだよねえ。このノッポがどす黒い悪党だってさ」
「でも、どうして、そんなこと」
また彼女は大きく笑って、唇を歪めた。
「笹本くんが好きだからに決まってるじゃん。愛しちゃったんだよ、この行き遅れのババアはさ。笹本くんが好きで好きで仕方がなくて、声を掛ける切欠が欲しくて、ずっと前から――――」
私は迷わず、バットを振るう。尾てい骨の部分に当たり、彼女は大げさに叫んだ。耳障りだ。
「先生……あの、僕は何を信じたらいいんですか? 秋穂ちゃん、僕は何を信じたら……」
君は何も考えなくていい。
これの声に耳を傾けるな。
「笹本くうん、おいでよ。ワタシがホントのこと全部教えてあげる。これからのことも全部、教えてあげる。この嘘つきとは違う、本当のこと……。だから、おいで、おいで」
「え、え、え、え、え、え?」