僕。
なんだそれ。なんだよそれ。
どうして誰かが死ななくちゃいけなんだろ。僕にはそれがさっぱり分からない。みんな普通に笑って、普通に暮らすのは駄目なのかな。
「お前が姉を選ぶというのなら、それでもいいだろう。しかし、それは私たちの死でもあることを忘れるな」
そんな馬鹿げたこと知りませんよ。何で誰かを僕が選んで、誰かを切り捨てなきゃいけないんですか。そんなの変ですよ。
何かの冗談であって欲しいと僕は思うけれど、先生の目は本気で、姉さんは悲観的な顔をしていて、秋穂ちゃんは何だか笑っていた。
先生の目は死ぬ覚悟みたいなもので、姉さんの顔はそれで僕が助かるのならという諦めの顔で、秋穂ちゃんは事態を飲み込んでいる様子だった。
僕だけが事態に対応できていない。僕だけが意味が分からない。それがとても嫌だった。なんだか嫌な感じだった。
僕はきっと正常でまもともなんだけど周りにのみんなが異常だったが為に僕が異常と指さされているような感じだった。
ふと姉さんが言った。自分は死ぬと言った。僕の将来と引き換えに自分はここで死ぬという馬鹿げたルールに同意した。
僕は喚く、叫ぶ、先生の服を掴んで、どうしてと呟くけれど先生は死んだ魚のような目で僕を見つめ続けていて、何も言わなかった。
「だからさ、笹本くん。これはしょがないんだよ。先輩はさ、いつか罪を償わなきゃいけなくてさ、それが今来たんだよ」
だからって、何で、それが死ななきゃいけないのか、僕には全然分からない。
姉さんは僕を守ろうとして……。
「うん、それは分かるけど、でも罪は罪だよね」
「罪は罪だ」
二人ともおかしいよ。
姉さんは僕の姉さんなんだ。
僕のたった一人の姉さんで、肉親なんだ。
何年も一緒に暮らした大切な家族なんですよ。
それを自分の選択で、僕や周りの理由で殺さなきゃいけないなんて、僕は納得できない!
「では、どうする? いつの日か罪が暴かれて、君は本当に社会的に抹殺されて、君の姉は犯罪者として扱われて、君はその家族として扱われてもいいと言うのか?」
「笹本くんさ、人殺しが人を殺したまま普通に暮らしていいと思ってるの? そんなわけないよね」
分かんないよ、分からないよ、そんなこと。
「まあ状況次第じゃ、それもいいじゃん。でもさ、笹本先輩はさ、それを……」
知らない知らない知らない知らない!
僕は嫌だ。
「ワガママだよ、それ」
そういって秋穂ちゃんは教室で笑うように僕を笑った。
人が死ぬというのに、僕の肉親が死ぬというのに、先生は当たり前のような顔をしていて、秋穂ちゃんはいつものように笑った。
僕がおかしいのだろうか? 僕らがおかしいのだろうか?
姉さんは、力なく笑っていて、安心したように笑っていて、僕は頭が割れそうだった。
そんなことが許されるはずがない。
許されていいはずがない。
「しかし、罪は裁かれなくてはならない」
だからって姉さんが死ぬのは変ですよ。
「君の将来と自分の罪のツケをここで支払う。ただそれだけだ」
人の命が、僕の姉さんの命がそんな理由で消えてしまうんですか?
消えなくちゃいけないんですか?
それが選択を先延ばしにしてきた結果なんですか?
僕には何一つ分からないです。
それが正しいことなら、僕はそんな正しさはいらないです。
「じゃあ、私たちを切り捨てて、自分の姉と出て行くといい」
だから、なんで、そうなるんですか?
何でどっちが正しいとか、何が正しいとか裁くとか裁かないとか、そういう話しになってるんですか? 僕はそんなのは嫌だし、わけが分からないし、その話しにはついていけない。
姉さんも何でそんな穏やかな顔なの? なんで大丈夫なんていうの? 僕ら、たった二人だけの家族じゃない。嫌だよ、そんなの僕は認めない。僕は僕の将来の為に姉さんを犠牲にするなんて認めない。そんな馬鹿げたことあっちゃいけないんだ。嫌だよ、嫌だよ、さよならなんて言わないでよ。僕を一人にしないでよ。僕と一緒にいてよ。僕を守ってよ。
「さよならといってやれ」
「笹本くん、さようならしないとダメだよ」
うううううううううううう。
おかしいよ、こんなこと。