ワタシト。
負け犬の文字がワタシを射抜いた。泥を啜るような気持ちに気分が重くなり、怒りは募る。
どうして彼はワタシの魅力に気がつかないのか。どうして邪魔者は蹴落としても蹴落としても這い上がってくるのか。ただワタシは笹本くんが好きなだけで、笹本くんと一緒になりたい。それだけなのに何でこうも周りは邪魔をしてくれるのか。
淫乱数学教師もムカツクけど、確かに一番腹立つのはあのキチガイだ。あのキチガイ女さえいなければワタシと笹本くんは今でも親友以上の仲を満喫できたはずなんだ。いや、もしかしたらあの日、笹本くんはワタシに告白しようとしていたかもしれない。デートに誘おうと計画していたのかもしれない。けど姉の凶行によってそれを断念させられた。ああ、なんてことだろう。アレは生きているだけで害しかもたらさないじゃないか。早く駆除しなければ、笹本くんがもっと遠い場所に行ってしまう。年増の淫乱教師はどう見てもワタシ以下だから、放っておいても大丈夫だろうけど、あの狂人と笹本くんがくっつくことがあったりしたら、いやないとは思うけど……でもあったらワタシはどうなってしまうだろうか。
殺すよね、当然。
太陽がゆっくりと傾いでいく中で思い出すあの日の出来事。
「まあ落ち着け、そんなハサミなんておいて。それより一番罪深いのは誰だと思う? 私か、君か、それとも彼女か」
うるせえ、早く死ねよ。
みんなみんな邪魔なんだよ。どうして思い通りにならないのよ。どうして邪魔するの。
どうしてかな、笹本くん。
「考えてもみろ、浅はかなお前でも分かるだろう? 私たちの間に彼女がいなければ、ここまで自体は複雑化しなかった。もし彼女がいなければ、私は彼に付け入るきっかけがなく何の接点も持たないまま、劣情を感じながら暮らしたことだろう。君は彼女がいなかったらどうしてた?」
……そんなこと分かり切ってる。
笹本くんと隣の席で授業を受けて、一緒に笑って、教科書見せっこして、お弁当一緒に食べて、それでそれで、誰も邪魔しなくて。
「そう、一番近かったはずのお前は彼女のせいで最下位に転落したわけだ。普通に考えれば君が一番だっただろうね。そのままいけば恋人同士もありえただろう」
「今だってワタシが一番に決まってる! あんた達みたくワタシはおかしくないし、彼を束縛しない」
「なら、何故自分から前に進もうとしない? 何故、彼に自分から気持ちを伝えようとしない。ワタシのいっていることが間違っているのならハサミを振り回して駄々をこねる必要もないだろうに」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い! 屁理屈ばっかりいって、誤魔化さないでよ」
「ならばほら、早く彼に告白してきたまえ。自分が正しいと思ってるなら、ほら。それとも怖いのか? 自分が彼に性欲を感じている人間と頭のおかしい女以下だということが分かってしまうことが」
「うっうっ! うううううううううううううううううううう!」
「お前はただ卑しいだけの女だ。自覚しろ」
笹本くん、笹本くん、笹本くん、ワタシね。
ワタシね、ほら、あのさ、明日……じゃなくて、昨日の映画さ、うんん、違う。
そうじゃなくてワタシさ。
ワタシ、笹本くんのこと好きだよ。笹本くんに酷いことして、酷いこといったけれど、笹本くんのこと大好きだよ。
「さ……も……ああ」
「どうしたの、秋穂ちゃん」
「あ、あ、あ……」
「具合悪いの?」
「う、ああ、わ、わあし」
「わあし?」
「…………っ!」
誤魔化すようにワタシは笹本くんを突き飛ばした。踏みつけて殴った。なじって、叩いて、息が続かなくなるまで走った。逃げるように教室を飛び出した。
螺旋階段のように永遠に続く琥珀色の廊下を全力で走って。心臓が破けるような苦しさを無視して走って。汗が噴き出るほど走って。
教室に戻ってきた時、笹本くんはいなかった。
帰ってた。教室にはいなくて、家に帰ってた。
それが、まるで、答えのようで。ワタシの求めている疑問に対する答えのようで。
絶望的な答えのようで。
「先輩。あの先輩、すみません先輩。ちょっといいですか先輩。お帰り中すみません先輩。こんにちは先輩」
他人を傷つける切欠って何だろう。他人を傷つけていい切欠て何だろう。他人を踏みにじっていい切欠ってなんだったっけ。
理由が必要だった気がする。
理由がなかったら、どうすればいいんだろう。理由がないなんてことはあっていいんだろうか。そもそも、それは存在しているのだろうか。理由がないということが理由じゃないのかな。いやそれは、誤魔化しだ。どこかに理由はあるんだけど、それが上手く言葉に出せないから、理由がないなんていうだけでさ。
極端な話し、狂ってしまえばいいんじゃないかな。狂ってしまえば全て、許されるんじゃないかな。他人を傷つけていいのは自分が狂っているからということでどうだろう?
でも狂うってどういうことだろう。どこからどこまでが狂っているんだろうか。どうすれば狂っているというんだろう。そんなことを考えていることが狂っていることなんだろうか。気狂いはどうすれば成立するんだろう。何のために狂っているんだろう。
誰の為に。
それはもちろん。
じゃあじゃあ、狂ってどうしようっての? ワタシは狂って何を正当化したいの?
誰を傷つけたいの?
「先輩、知っていますか? 流れ星って赤い匂いがするんですよ」
「……あなた、何をいっているの?」
それはもちろん。