ぼくと。
何だか疲れたので、そろそろ終わらせます。
姉の帰りが遅かった。夕飯はとっくに冷え切り、外は黒い光に染まりきっている。夕日は遠に過ぎ去り、外を雨粒が騒がしく音を立てる。
僕はただじっと椅子に座って姉さんを待った。傘は持っていかなかったのだろうかと心配する。
「何かあったのかな」
不意に僕の携帯電話が着信音を鳴らした。僕は姉さんだろうかと電話を取った。先生に買ってもらったものだから、それはないんだけれど。
「今、家にいるんだな。外に出ておいて」
あの、今日は“お仕事”の日じゃないと思うんですけど。
「分かってる。でも出てきた方がいいと思うぞ。じゃないと後悔する」
……え?
「君の姉が誘拐されたよ。頭にガツンと重たいのをやられていた。誰がやったのか分かるだろう? さあ、どうする。私はたまたま君の家の前にいて、車に乗っている。相手の場所も知っている。さあ、どうする?」
凄く楽しそうな先生の声とは裏腹に僕は混乱して、自分の髪の毛をつかんだ。部屋をうろうろするけれど、何も自体は変わらない。
冗談ですかと先生に聞きかけるけれど、先生が嘘をいうはずもなくて、姉さんは事実帰って来なくて、僕はそれを信用するしかなかった。
「あの、誰がそんなことを?」
「当然、それはあの子だろうね」
「あ、じゃあ、警察に……」
「警察に連絡してもいいのか? 君は自分の友達を牢屋に入れるつもりなのか? 自分の姉の秘密が暴露されてもいいと思っているのか?」
それもそうだった。僕は警察に頼ることはできない。
どうしよう。
「息遣いが荒いね。そんなに心配か?」
「心配です」
「じゃあ私が何とかしてやろう。その為に君の側にいるのだからね」
横付けされた先生の車に僕は乗り込んで、目的地に向かう。黒い帽子の男や標識が後方に流れてい消えていく。
先生の話しかけてくれる言葉が上手く耳に届かない。濡れたコンクリートを滑るタイヤの音とザアザアというノイズのような雨の音と自分の鼓動だけが世界を支配していた。
何かが劇的に変わっていくような嫌な予感に僕は泣きそうだった。