私と。
彼はおぼつかないフォーク運びで料理を口に運び咀嚼する。斜めに蛍の群れのような田舎町の灯火が夜空に煌めいていた。
「先生、この風景いいですよね。僕は父さんの持ってるホテルの中で一番ここが好きなんですよ。この通り、料理も美味しいですし」
私は彼に相槌をうちながら、これからのことを考えた。これからというのは、このデートの内容ではなくて、文字通りのこれからだ。
無論、これからの家族設計のことでもない。子供は二人欲しいが。
「え、二人って?」
ああ、いや、こっちの話しだ。
変わったこと。
あの狂人が常人に戻った。それはどうでもいい。
変わったこと。
あのプライドの高い小娘が必死な形相で悔しがっていた。少しだけ面白くあるけれど、どうでもいい。
変わるかもしれないこと。
私達の関係。文字通り、私やあの小娘と彼との関係。
言ってしまえば、彼はもう既に私達に縛られる必要はない。彼を縛る存在のひとつである彼の姉が彼を解放したのだから、彼が自主的に働くことも最早夢ではない。
つまり、放課後に虐められ続ける必要性もないし、私と交際し続けている必要性もない。そもそもどうして彼が今日私のデートの約束を守ったかすらも未だに不明だった。
僅かではあるが貯蓄があるのだから、彼は私と関係しなくてもよいのだ。もしや私が“あのこと”を公表するとでも思っているのか。そんなことをしたって君が拒否したら意味はないことは当然だよ。君の姉が逮捕されても私には何も残らない。
「え、どうして今日来たか……? 先生、そんなの約束だからじゃないですか。約束は守らなきゃいけないんですよ?」
ああ、そうか。君はそうだったね。
馬鹿が着くほど真面目で素直だったんだね。
なら……。
「ああ、そうですね。確かに僕はもう先生とこういう付き合いじゃなくてもいいんですね。秋穂ちゃんは……うん。え? いや、ちょっと考え事です」
しかし、君はお金がないだろう。貯蓄は大丈夫かい?
「ああ、確かにちょっと心もとないですね」
じゃあ、私が今まで通り援助をしてあげよう。
大丈夫、時間は厳守するし、急速な環境の変化は体にもよくない。しばらくはこのままがいいと思うよ。
そうだな、君が稼ぎやすいようにこれからは全てオールタイムに統一しよう。どうだろうか?
「先生、ありがとうございます! わざわざ僕の為にオールタイムにしてくれるなんて! 先生は頭よくていいなあ。僕は秋穂ちゃんから間抜けってよく笑われるくらいダメダメで……」
いや、いいんだ。私もその方が助かる。
じゃあ、食事は片付けて、早く部屋に行こうか。いや、もう食事はいい。
早く部屋に行こう。
「え、残したらもったいないですよ」
いいから。
いいから、早く行こう。