ぼくと。
姉さんと食事した。内容は凄く凄く当たり前のことなのに僕はとても驚く。理由は口にするまでもないことで、それが僕にとっては最初の一歩に思えた。
「美味しい」
そういって姉さんは笑う。僕も嬉しくなって笑った。
気が狂っているはずの姉さんは、その時ばかりは狂っていなくて、当たり前のように僕の作ったカレーライスを口にした。特にこだわりもなく、パッケージの裏に書かれている説明通りに作った物だけど姉さんは何度も何度も美味しいと言ってくれた。ボロボロ涙を零しながら、嗚咽しながら。
きっと姉さんは知っているんだろう。いや、知っていて当然か。
僕が先生とそういう関係で、お金を貰ってて、そのお金で買った材料でカレーを作ったって。何度も僕が料理を作る度に姉さんはいらないと断っていたけど、その断った分の材料はやっぱりそういうお金で。秋穂ちゃんにも虐められてて、先生にも半ば強制されていて、その理由が姉さんを守る為なんて馬鹿みたいなことしてるってことも当然、姉さんは知っているんだろう。
知ってしまったんだろう。
きっと味なんかしない。きっと味なんか感じていられない。感じるよりも先に涙が出てしまって、声が出てしまって、姉さんはちっともスプーンが進まない。
姉さんは僕を救う為に狂ってしまい、狂い切ってしまった。それを姉さん自身も良しとしてきた。
他人を傷つけていいのは弟の為だから、他人を傷つけていいのは狂ってしまっているからだ。
弟を守る為だから何をやってもいい。狂っているから何をしてもいい。すべて傷つけ、弟すらも傷つけ、他人を寄せ付けず、弟すら寄せ付けず、自分の世界に浸り切る。
そんな感じに理由をつけて、あんなことをしてしまったのかもしれない。
そしていつの間にか守っているはずの弟に守られていた。
先生なら滑稽だというかもしれない。秋穂ちゃんならアベコベじゃんと笑うのかもしれない。
僕らはそれに理由をつけることができなかった。それらに言葉で感情を示すことができなかった。僕らは互いを守る為に、互いが身を削っていた。それだけのことだと思う。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
いいよね、姉さん。僕もごめんね、ごめんね、ごめんね。
ずっと一人にさせて、ずっと手を差し伸べてあげられなくて、ずっとずっと。
「お姉ちゃん、あなたを守りたくて」
うん、知ってるから。
「お姉ちゃん、何かあった時、お姉ちゃんがおかしかったらあなたは何も言われないと思って、あれがバレても大丈夫だと思って」
うん、分かってる。
「お姉ちゃん、嫌われてれば全部お姉ちゃんのせいになるって思って」
うん、大丈夫だから。
「あなたに酷いことすれば、嫌ってくれるって思ってて」
そんなことは絶対にないよ。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
僕も、ごめんね。笑い顔しかできなくてごめんね。
がらんどうの小さな家で、僕と姉さんはただひたすらに、謝り続けた。