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上位存在ちゃんとの付き合い方

作者: 水餅
掲載日:2026/08/02

「き……ろ」


 頭上から誰かの呼ぶ声がする。


「起き……ろ」


 眠いし、部屋も暗い。まだ日は昇っていないはず。

 寝ぼけ眼の中、呼びかけた相手が誰かを認識し始め、ゆっくりと体を起こす。


「起きたか、ご友人」


 声の主は親しげだが、知り合ったのはつい最近のことだ。その上、彼女には殺されそうになったのだから。


「さあ、遊ぼう」


 目の前の女の子、上位存在ちゃんは恐らくにこりとしながら両手を広げた。少女然としている彼女だが、体のあちこちに形容しがたい器官がついている。


 俺は目をしょぼしょぼさせながら答える。


「人間は八時間寝ないと100%の力を出せないんです……」


「なにぃ? なんと脆弱な身の上よ」


 初めて知ったような驚き。上位存在ちゃんは人間のことを何も知らないのだ。俺も彼女のことはまったく分からないけど。


 俺は再び布団にもぐりこむ。


「すみません。出直していただくか、一緒に寝るかお願いします……」


「早く復調させろ。それがご友人の約束だろう?」


 俺は返事もそこそこに眠りに身を任せる。相手は恐ろしい存在だというのに、雑な対応だと思った。もしかしたら、自分の感覚はとっくに麻痺しているのかもしれない。


 まどろみの中で、いつしか俺は荒野を歩いていた。夢と自覚できたのに、そこがどこか気づいた瞬間、怖気が体中を駆け巡る。


 この場所には人っ子一人、動物も鳥もいない、恐らくは虫でさえも。世界が死んだような孤独、彼女だけがそこにいた。


「おはよう」


 目覚めると先ほどと同じような光景。上位存在ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。まさか、ずっと見下ろしていたのだろうか。


「おはようございます」


 時刻は土曜日の九時前。二度寝をしたせいか、眠気はない。代わりに緊張がせりあがって来る。


「食事もってきまーす!」


 俺は手短に食事を用意する。


「これはなんだ?」


 上位存在ちゃんが俺の置いた食事、牛乳や生ハムなどを指差した。


「人間、口に入れないと停止して死んじゃうので」


「そうなのか、口に入れたことないが?」


 なんだろう? 大気だか空気を吸い込んで生命を維持できるとか、生物としての格の差を思い知らされたような気分になった。


 上位存在ちゃんがおかずを口に入れる。ずっと無表情でもにゅもにゅさせていて、こえーよ。


 俺も負けじと口に詰め込み、一気に牛乳で流し込む。


「よし、遊ぼう!!」


「ようやくか。待ちくたびれたぞ」


 食事を片付けて、俺は支度に向かった。


 頭の中をユーロビートが鳴り響く。俺は深夜の首都高を車で駆っていた。


 後方には上位存在ちゃんの車が見える。必死に追いすがろうとしていた。けれど、俺は無慈悲にもさらに突き放すべく、慣性ドリフトでコーナーにスキール音を響かせる。


 テレビ画面の中で……。


 そう、俺が選んだ遊びは現代っ子御用達のテレビゲームだ。いかな上位存在ちゃんといえど、俺がこいつで後れを取るわけがない。


「おお、また負けてしまったぞ」


 負けたというのに、彼女はどこか嬉しそう。


「負けたからには仕方ない。頭でも腕でも好きにするがいい」


 そして、怖いことを言い始めた。


「いや、何もしないですよ。だって俺たち……友人じゃないですか!?」


「そういうものなのか」


 これ、俺が負けてたら、頭や腕がどうにかなっていたのかな……?

 早く彼女の価値観を変えていかないと。できることならこちらの常識になじませたい。


「あのですね、勝ったら相手を好きにしていいというのは止めた方がいいです」


「なぜだ? 当たり前のことだろう?」


 向き直った俺に、彼女は心の底から不思議そうな顔をする。


「たとえば、ゲームで勝つたびに相手を倒していたらどうなりますか?」


「私が一番強い?」


「勝つたびに遊べる相手が減っていって、最後には遊ぶ相手がいなくなりますね」


 上位存在ちゃんが尖った指先をあごに添える。


「ご友人たちの殖える速度は知らんが、そんなに早く尽きるのか?」


 そんな一朝一夕で尽きるわけがない。だけど、最初に減らす相手が俺だったら笑えない。


「さっきのゲームもそうですけど、勝負って白熱するのが一番楽しいんですよ。勝つたびに排除していったら、上達する相手がいなくなりますね?」


 上位存在ちゃんがまじまじと俺の顔を見つめる。


「壊すな、と言いたいのだな?」


 その通りだ。モラルや倫理を説いたところで、話に耳を貸す保証はない。

 損得という合理性こそ、俺の武器なのだ。


「……困ったお願いだな?」


 にじり寄った上位存在ちゃんが、俺の目を覗き込む。


 死を想起させる瞳を前に、心臓が張り裂けそうになる。踏み込みすぎたかと一瞬だけ後悔するが、

それでも顔を逸らさず、彼女と見つめ合う。


「まあ……よいか」


 彼女が受け入れたことに、内心でほっと胸を撫で下ろす。


「さて、外を見て回るか」


 迫る危機を避けたものの、またすぐに次のお題がやってくる。


 待って、それやばい。本当にやばい。でも止める手段が……。


 俺は正座して、上位存在ちゃんと向かい合う。


「あのですね。その姿だとお巡りさんがやってきますし、良くない人たちに絡まれるかもしれません」


「それが?」


「と、友達というのは相互な関係です。俺に迷惑をかけてしまうのなら、友達とは言えません」


「ご友人を困らせたいわけではない。外を見てみたいと思った。それは迷惑なのか?」


 よーしよし、良い方向に進んでいる。問答無用で絶交とか無視されたらどうしようもなかった。


「外に出るのは迷惑ではないですよ。でも、こっちの服に合わせましょう。あと人を殴ったりしてはだめですからね?」


 俺はタンスやクローゼットから着る物を引っ張り出していく。ズボン、パーカー、シャツ。そして、下着をつかんだ。彼女はトランクスとか気にしないだろうけど、なんだか背徳的な気持ちになる。


 上位存在ちゃんは俺が積み上げたものを一つずつ摘んでは、物珍しそうにじろじろ見ている。そら、服の意匠は違うし、そもそも男物だしな。


 なんと羞恥心というものがないのか、彼女はそのまま服を脱ぎだした。慌てて、俺は後ろへと振り向くと、衣擦れの音だけが耳に飛び込んでくる。


「ご友人、これで外へ出られるか?」


 もう一度、彼女に向き直るとしっかりと全部身に着けている。でも、俺は転がりたいぐらい恥ずかしくなった。


「だ、大丈夫です。声を掛けられたりするかもしれませんが、知らない人に付いていったりしないでください」


 二人で連れ立ってアパートを出る。

 友人、チンピラ、ヤクザ、チャラ男。


 どれに遭遇してもやばいことになりかねない。もし警察沙汰になって、正体が露見したら?


 だからといって、外出したいという彼女を止められるわけがない。のしかかる重荷に胃がきりきりと痛む。


 上位存在ちゃんがこちらの心配を余所に、町並みを進んでいく。俺はといえば、彼女が道行く人と肩をぶつけないよう、周囲を牽制している。どう見ても不審者だ。


 うぉ!!?


 前方から散歩中のポメラニアンがやってくる。いつでも犬を救えるよう待ち構えていると、案の定、犬が彼女を見て、激しく吠え出した。


 吼えられた上位存在ちゃんは何の言葉も発さぬまま、目の前の犬を静かに見下ろし続けている。


 俺は不穏な空気を感じ取り、すぐさま両者の間に割って入った。


「あら~、ごめんなさいねえ。うちの子、いつもは良い子なんだけど、ほら、行くわよ。マリーちゃん」


 なおも吼え続けるマリーちゃんはこちらに釘付けのまま、飼い主に引きずられていった。


「あれをやってはいけなかったか? ご友人」


「えー、生きてるもの全部やったらだめです」


 あれとか何をするつもりだったかは深く考えない。どうせ良くないことが起きるに決まっているからな。


 繁華街に来たあたりでもう一度声を掛ける。


「あの~、そろそろ戻りませんか?」


「ここの方が人が多いじゃないか?」


 上位存在ちゃんの視線が歩道沿いの出店に向けられている。そして、ちらりと俺を見た。


 無言の求めに応じて、小走りでたこ焼き屋のおばちゃんに2パック頼んだ。そこで振り返る……彼女が知らない男に話しかけられていた。


 その瞬間、俺の脳裏に最悪の結末がよぎる。

 よせぇぇえ!! 世界を滅ぼすつもりかああぁぁぁ!?


「お待たせ~」


 できるだけ明るい調子で戻ったが、チャラ男は構わず口説き続けている。


「でさ~、ダチが友達探しててさ、一緒にどうってわけ? こんな彼氏君なんか放っておいてさ~」


 最強か、こいつ。


 ぶん殴ってでも押し留めようとして、彼女が口を開いた。


「友達……か。お前は何をしてくれるんだ?」


 その瞳を見るのは二度目だった。凄惨というには猶、生温い。まるで人間のそれを模倣したような不自然な笑み。


「ひっ! うあ……あひっ!」


 腰を抜かして流暢な口説き文句がせき詰まった。


 俺は上位存在ちゃんの手を掴みとり、すぐにその場を走り去る。幸い、彼女は黙って俺に引かれてくれた。


 息を整えて彼女と向き合う。チャラ男の接近をどう受け取ったのだろうか? いや、そもそも彼女は怒っているのだろうか?


 恐る恐る、目を合わせる。彼女は何も言わず、ただ俺を見ていた。


「帰りましょうか」


 結局、聞くことも出来ずにそれだけを告げた。


 家に帰り、俺たちは食卓でたこ焼きをつついていた。ソースを絡めた一つを爪楊枝で刺し、彼女の口元へと運ぶ。すると、ヒュポッと音を立てて、たこ焼きが吸引されていく。


 咀嚼している様子はない。まあ、吐き出さないなら不満はないだろう。俺は次から次へと差し出した。


「気になっていることがある」


 リラックスタイムはおしまいらしい。俺は居住まいを正して、耳を傾ける。


「彼氏とはなんだ? 友達とは違うのか?」


 すげえ難しい質問が来た。まさか、そんな方向からボールが飛んでくるとは思わなかった。まじでなんて答えよう……。


「……彼氏は友人の中でも、一番特別な存在ですね」


「どう特別なのだ?」


「異性の中で一緒にいたい相手ということです。男なら彼氏、女なら彼女と呼びますね」


 一つ一つ、妥当かどうか確認しながら言葉を選ぶ。上位存在ちゃんは口を挟まずに聞いている。なんか分析されてるようだな。


「ふうん、ご友人は男だな。彼氏や彼女はいるのか?」


「いませんよ。あと基本的に相手は一人だけですね。それ以上いるのはまずいです」


「まずいのか。複数もてばよかろうに」


 後宮かな?

 価値観の衝突事故に、苦笑いしか出ない。


「そうですね。俺が別の友達ばかり優先したり、贔屓したらどう思います?」


「は?」


 瞬間、湯飲みが爆ぜた。


「あっ、あっ、誤解です。俺はそうしないからこそのたとえです!」


 あぶねえ!

 普通に地雷を踏み抜きそうになった。


 湯飲みの残骸を片付けながら、


「つまり、彼氏や彼女は友人より一段大切な存在ってことですね」


 この話題を続けることは、より命に関わると悟った。


「ご友人」


 滑らかな感触に両の手を包み込まれる。


「複数持つというのは間違いだった。ご友人の感覚が好ましい」


 思わず、首が小刻みに上下する。それと同時にひどく驚きを覚えた。


 上位存在ちゃんと初めて出会ったのは別世界というか、異次元というか、そんな感じの場所だった。


 迷い込んだ俺をどう思ったのだろう? 新しい貴重な玩具にしか思っていなかったはずだ。


 なにせ、彼女は言っていた。自分以外は殺しつくしたと。


 だからこそ、俺たちは友人という関係になれた。


 俺は彼女を楽しませる。

 彼女は俺を友達として扱う。


 そんな対等ではない関係が変わりつつある。いや、変わって欲しいと願ってはいた。友人でありつづけるために、壊されないようにするために。


 ちょっとした感動に浸っていると、さらに手が引き寄せられていく。顔も見つめ合うぐらいの位置だ。


「ご友人」


「はい」


 彼女は手を握り締めたまま言った。


「彼氏が欲しい」


 唐突過ぎる願いだった。自惚れでなければ、上位存在がこう言っている。友達から彼氏になれ、と。


 どう答えるか、よく考えろ! 外せば……死ぬ。


「そ、そうですか、どなたか良い相手がいましたかね?」


 包まれている両手がミシミシと音を立てた。込められた力はほんのわずかだろうに、痛すぎて涙が出てきそう。


 鈍感主人公の真似をするには相手が悪すぎたようだ。


「どうしたら彼氏になってくれるだろうか?」


 直接なれとはいわない、ある意味で奥ゆかしいともいえる物言い。けれど、それは逃げ場がないと同義である。


 でも、どこかで彼女のことを嫌いになれない自分がいた。もちろん、怖いという気持ちは今でもある。それでも、彼女がもう少しだけ、人間の側に寄ってくれたらと思わないでもない。


 だから、これは逃げられない自分にできる悪あがきだ。


「彼氏には優しくしないといけないんですよ。怒らず、殺さずですね」


「生かさずは?」


「そこにないならやっちゃだめですね」


 殺さずの対義語をしれっと混ぜてきた。


「では、良いのだな?」


 俺はその言葉に応じるように、目の前の恐ろしくも美しい存在に、頷いてみせる。


「ご友人はもうご友人ではなくなってしまったな」


 かみ締めるような呟き。そこにはほんの少しだけ、名残惜しさが混じっているようだった。ふと、彼女が考えるように首を傾げる。


 友達でないなら、なんなのか。用済みとか、不要という単語が脳内に浮かび上がる。そんな俺の不安を余所に、彼女は言った。 


「では彼氏君、だな」


 彼氏君という場違いな呼称に、照れくささと安心を覚えてしまう。


「それで、彼氏とは何をするのだ?」


 ほっとしたのも束の間、上位存在ちゃんとの付き合いは、どうやらここからが本番らしい。

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