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短編小説どもの眠り場

この日常には、梅干しが欠かせない

作者: 那須茄子
掲載日:2026/02/21

 私は爆笑星から来た宇宙人のここち。


 爆笑星とは、銀河系の端っこに位置する、笑いに支配された星である。そこでは朝から晩まで、いや、寝ている間も笑わせ続けなければならない。笑いが止まると酸素が薄くなるという、非常に過酷な環境なのだ。

 そんな星から逃げてきた私は、地球の静かな日常に憧れて、こっそりと人間のふりをして暮らしている。


 そんな私には一つだけ絶対に守らねばならない掟がある。それは『爆笑星人は地球では面白いことを言ってはいけない』というもの。爆笑星人には、笑い出すとつられて面白いことまで口走ってしまうという、ただでさえ厄介な癖もある。

 だから、私は毎日真顔で過ごしている。無表情で、無感情で、無味乾燥な言葉を選んで生きている。


 しかし、私にも唯一心を許せる存在――りんりんがいた。


 りんりんは、私の超がつくほどの親友である。りんりんはもちろん、私が宇宙人であることなど露ほども知らず、ただ「ここちって、なんか変わってて面白いよね〜」と笑いながら、いつもそばにいてくれる。


 たとえば、今日のくだらなき日常はこうだ。


「ここち、見て見て! このおにぎり、顔に見えない?」

「見えない」

「え〜? ほら、梅干しが鼻で、海苔が眉毛で、米粒が涙!」

「それは、ただの崩れたおにぎりだ」

「ちがうよ! これは悲しみのおにぎりだよ! 芸術だよ!!」


 私は笑いそうになるのを必死にこらえた。

 危ない。危ない。りんりんのくだらなさは、時に私の爆笑本能を刺激してくる。私は口の中に梅干しを押し込み、酸味で笑いを封じた。


「ここちって、ほんとに笑わないよね〜。なんか、修行してるの?」

「している」

「えっ、ほんとに!? 何の修行?」

「無表情の修行」

「お~、かっこいい! 私もやろうかな」


 りんりんは、目を閉じて無表情になる。だが、次の瞬間、くしゃみをして鼻水を垂らした。


「ぶえっくしょん! あ、鼻水さん」


 私は梅干しをもう一粒口に入れた。

 りんりんは、鼻水をティッシュで拭きながら、笑って言う。


「ここちって、こう……地球人っぽくないよね。あ、これ悪口じゃないから! 良い意味で」


 私は一瞬、心臓が爆笑星式に跳ねた。つまり、ドクンではなく、ブフォッと跳ねた。


「わ、私は。地球人だ」

「うん、そうだよね。たぶん」


 たぶん、ってなんだ。たぶん、って言うな。たぶんじゃない。たぶんの余地などない。私は地球人のふりをしている宇宙人なのだ。


「でもさ、なんか笑いを我慢してる感じがするんだよね。いつも笑いそうになって、梅干し食べてるし」

「それは、健康のためだ」


 りんりんは、じっと私を見つめた。まるで探偵のように鋭い。いや、探偵というより、商店街の福引き係のように、何かを引き当てようとしている。


「もしかして、笑いを封印された呪われし者なんじゃない?」

「違う」

「じゃあ、宇宙人?」

「違うっ」

「えっ、今のちょっと反応した!」


 私は梅干しを三粒同時に口に入れた。酸味が脳を直撃し、思考が一瞬停止する。

 りんりんは、そんな私を見て、にこにこしていた。


「まあ、いいや。ここちが何者でも、私はここちが好きだし。くだらないことを一緒にしてくれるからさ」


 私は、口の中の梅干しをもぐもぐしながら、心の中で涙を流した。爆笑星では、こんな優しい言葉は存在しない。あそこでは「好き」よりも「ウケる」が価値を持つ。

 つくづく、私は地球に来これて良かったなと思う。


「ねえ、ここち。明日は笑わない修行のために、無表情でプリクラ撮りに行こうよ!」

「いいだろう」

「やった〜! じゃあ、無表情で変顔しようね!」


 それは、もはや無表情ではないのではないか。だが、私は何も言わなかった。りんりんがしたいと言うなら、私は後をついていくだけ。

 りんりんは、私にとって何よりも大切なのだ。




 翌日、私たちは駅前のゲームセンターに降り立った。目的はただ一つ、無表情でプリクラを撮ることである。


「ここち、今日は笑わない修行の最終試練だよ!」

「最終試練なのか?」

「うん。プリクラって、笑顔を強制される機械だからね。あれに勝てたら、もう何も怖くない!」


 私は、プリクラ機を見つめた。あの白く光る箱は、地球人の笑顔を吸い取って加工し、キラキラにして返してくる。

 まるで笑顔の錬金術師だ。気を引き締めて挑もう。


「入るよ〜」


 りんりんは、私の手を引いてプリクラ機に突入した。中は狭く、光が眩しい。


「撮影スタート! まずは可愛いポーズ!」


プリクラ機のスピーカーから、甲高く弾む声が響く。私は、無表情を極めた。目を細め、口を閉じ、心を静かに沈める。そして指をチョキにする。ピース。

隣のりんりんは、なぜかポーズをとらずに笑顔のまま。言っていることとやっていることが、見事に食い違っている。笑わない修行は早くも失敗。


「次は仲良しポーズ!」


りんりんは私の肩に手を置き、ウインク。私はまたピースで応じる。


「最後は決めポーズ!」


りんりんの決めポーズは、まさかの逆立ちだった。私は変わらずピースを続けた。

撮影が終わり、プリクラが印刷されるまでの間、りんりんは落書きモードで遊んでいた。


「ここちの顔に梅干しマンって書いていい?」

「絶対にやめてくれ」


 りんりんは、「しょうがないな。ここちって書くね」と言って、私の顔の横に小さく名前を書いた。プリクラが出てくる。そこには無表情の私と、表情豊かなりんりんが映っていた。背景は全部、宇宙。


「うわ〜! ここち、宇宙人みたい!」

「わざとだな」

「偶然だよ。あ、でも必然かも」




 プリクラ撮影から数日後、私は異変を感じていた。


 空気が、笑っている気がするのだ。正確には、空気の粒子がクスクスしている。これは爆笑星の使者が近くにいる兆候だ。彼らは、笑いの波動をまとって地球にやってくる。そして、逃亡者を見つけると、すぐに強制お笑い帰還装置で連れ戻すのだ。


 私は、梅干しをポケットに詰め込みながら、りんりんに言った。


「今日は、少し遠くへ行こう」

「どこに?」

「うーん、人気のない所まで」

「なんで!?」

「秘密だ」


 りんりんは、一瞬きょとんとした後、ぱっと表情を変える。 その目には星が瞬いていた。

  

「秘密か~。なんか楽しみ!!」


 そんなわけで私たちは、人気のない所まで歩き出す。

 道すがら、りんりんがぽつりと呟いた。


「ここち。なんか最近、空気が笑ってる気がするんだよね」


 人がいない裏道に差しかかったところで、私は思わず足を止めた。 りんりんの勘は、時々ぞっとするほど鋭い。


「えっと。それは気のせいだ」

「でもさ、昨日の夜、空からブフォッって音が聞こえたんだよ。おかしくない?」

「……私は聞いていない」

「え~。ここち、嘘つかないでよ?」


 りんりんの問いに答える代わりに、私は黙って梅干しを五粒口に入れた。

 酸味が一気に脳を刺激し、思考がしばし霞む。


 その時、空が光った。雲が割れ、虹色の球体が降りてくる。

 中から現れたのは、スーツ姿の男だった。顔は真顔だが、目が笑っている。 察するに、私を連れ戻しに来た使者だろう。



「ここち様。お迎えに参りました」


 男は宙に浮いたまま、どういう経緯があってここまで来たのかという説明を、懇切丁寧に語り始める。私は別に分かりきった内容だったし、今更帰る気はないからどうでもよかった。


 それよりも問題なのが、りんりん。

 りんりんは、ぽかんとして男を見つめている。 


「えっ? えぇ? ここちの知り合い?」

「いや、知らない人だ」

「ここち様。あなたは、爆笑星の至宝。地球での潜伏はもう限界です。さあ、帰りましょう。あなたの笑いが、星を救うのですよ」


 私は、梅干しを十粒口に入れた。酸味で涙が出た。


「私は、帰らないぞ」

「ですが、星が」

「私は、りんりんとくだらない日常を過ごす。これは私の意思だ」


 不安そうに首を傾げるりんりんの手を、私は握った。りんりんの手は、温かく湿っていて、手汗をかいていることが分かる。 


 「ここちが宇宙人でも、私はここちが好きだよ。それに、ここちは私の親友。ほらプリクラも撮った仲なんだもん」


私の手を強く握り返したりんりんは、鞄から取り出したプリクラを、男の方に掲げる。

 それを見て男は、驚いたような顔で、しばらく沈黙した。


 「私はここちとずっと一緒にいたいから、絶対に!!」


 もう一押しと言わんばかりに、りんりんは叫んだ。私は改めて、りんりんという存在がいかに大きなものであるかを知った。


「……では、こうしましょう。月に爆笑支部を作ります。そこに、週一でネタを送ってください。それで星の酸素は保たれます」


 男の提案は意外だった。それで納得して帰ってくれるなら、週一のネタ提供なんて容易いとさえ思える。

私の快諾を男はボイスレコーダーで録音して、そのまま虹色の球体に乗って去っていった。なんとも呆気ない幕引きだ。とりあえず、相手が引いたならそれで良しとしとこう。多分、りんりんのおかげだ。友情パワーってやつ?


 私は横に立つりんりんの顔を、覗き込んだ。りんりんには、感謝も込めて、私のとっておきの笑顔をくれてやろう。りんりんが見たがっている私の笑う顔を。


 にこー。

 

「なにそれ。梅干し食べすぎて、顔がすっぱくなってるよ」


 私にしては珍しく、ちょっと微笑んだつもりだったのに! 梅干しが邪魔したか。



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