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諦念

「お前……そうか。最後に会ったのは一週間の前だったか……」


私は傍に寄り彼女に上着を掛け、身体を掬いあげる。


真面目で、随分正義感の強くて、だけど空回りがちだった彼女。


今は、やけに軽く感じる。


身体の所々に、痣と赤い指跡があった。


「……どこに運ぶ?」


視線を向けると、入口に立っていた老齢の男が反応した。


「おう、なら俺の車の後部座席に乗せてくれないか?」


そう言って老齢の男が向こうに止まっている車に親指を差す。


「ああ、分かった」


鉄錆と生臭い匂いの混じった地獄の部屋を出て、彼女の身体をそっと後部座席に横たわらせた。


「じゃあ俺が責任持って葬っておく。……じゃあな」


老齢の男は静かにそう述べ、車に乗り込んで発進させた。


じゃりじゃりとタイヤで砂利の擦れる音がした。


排気ガスの出る音が小さくなっていき、やがて消えた。


「……ありがとうね。手伝ってくれて」


横を向くと、いつの間にか彼が立っていた。


「別にいい。魔法少女になってしまったからな」


「……そうかな」


「ああそうだ。あのマスコットのせいでな」


へッと笑ってやると、彼は苦笑した。


「でも君は、魔法少女になって良かったとは思ってるんじゃない?」


その言葉が、胸にチクリと刺さる。


私は傍の小さな石を蹴った。カツンという音が、空気中を広がる。


「……そうかもな。つっても醜い英雄の姿だ」


「英雄は何も崇められるものだけじゃない。19世紀のブルジョアとプロレタリアという歴史がそれを証明してくれるよ、いつか」


「難しい例えが好きだよな、お前」


「あはは……そうかもね」


彼がぎこちない笑みを浮かべる隣で、私はもう一つ石を蹴った。


だが、石がコツンと落ちた先に、いつの間にか警察官が立っていた。


警察官が帽子を上げてお辞儀をする。老齢の男だった。


私達も返事としてお辞儀をする。


「どうしたんです?こんな何もない所でたむろして」


「ええ、少し澄んだ空気を吸いたい気分になりまして」


彼が営業用の笑みを浮かべながら言うと、老齢の警察官は苦笑した。


「そうですか……まぁこの頃何かと社会が荒れてますからねぇ」


「それは守護四天があの守護結界を作ってからそうでしょうよ」


彼が空を見上げるので、私達も見上げた。


濃オレンジの空に、薄くだが幾何学模様が見える。


「瘴気のせいですから。それは揚げ足取りになるでしょう」


「そうかもしれませんね」


「ああ、それと……魔法少女を見かけたら教えて下さいね」


思い出したようにポツリと警察官が呟く。


だが私達にはそれは非常に聞き捨てならなかった。


一瞬だけ、お互いに目を合わせる。


「……何故です?」


「理由という理由はありません。ただ、そう言っておくように言われましてね。

ここだけの話ですが……」


警察官が声を小さくする。彼は気づいて、耳を近づけた。


「……魔法少女を捕まえると、追加の手当が出るとか」


「えっ……それは……」


彼が驚いて警察官を見る。


警察官は静かに人差し指を口に近づけた。


「なに、老人の愚痴だと思ってください。僕は興味がないのでどうでもいいんですよ。さっきも言った通り、言っておかないと られるもので」


そう言って警察官がハハハと元気な笑みを浮かべる。


「それじゃあ失礼します。この辺りはあまり治安が良くないので、日が暮れるまでには帰って下さいね」


「あぁ、えぇ勿論。ありがとうございます」


手を振りながら、警察官が離れていく。やがて角で見えなくなった。


私は安堵の息を軽くフッと吐いた。


「……また国が動き出したんですかね」


彼が警察官が曲がった角を見続けながら、ボソリと呟く。


「ま、そうだとしてもやることは変わんねぇわ。巡回行ってくるわ」


逆光に包まれて、魔法少女に変身する。


夕焼けのオレンジが、色彩豊かに、水晶体を突き抜け網膜に焼き付く。


「分かった。気をつけてね」


「ああ、行ってくる」


地を蹴ると、一瞬にして彼は豆粒のように小さくなった。


代わりに雄大な地形とオレンジの空が私を迎え入れた。



■     ■



「お疲れ様です!」


ブルーシートを捲って最初に出迎えたのはその声であった。


「お疲れ様です」


返事をしたのは、声をかけられた主である少女だった。


その少女は、落ち着きのあるドレスを纏っていた。


「それで、死体のあった場所はどこですか?」


「丁度この辺りです。魔力跡の調査はお任せします」


警官服を纏った男が少し先を指さす。


そこにはもう何かのシミしか残っていなかった。


「わかりました。有難うございます」


軽く謝辞をした少女は、シミの近くに膝を付いた。


そして左右に手を広げる。


「……魔力は既に大分消えているみたいですね」


目を瞑りながらボソリと呟く。


すると、背後から声がかかった。


「痕跡見つかった?」


声の主は、青色のドレスを纏ったこれまた少女であった。


獰猛な目つきを向けている。


「少しですが……恐らく守護四天で間違いないですね」


風が吹き、二人の髪をかき上げる。


「”生命”か」


「そうですね。これは報告しなければなりません」


風に吹かれながら、一人が立ち上がる。


その首筋には、番号が彫られていた―――――





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