思考
グループで決めたことを伝えると、教師は心底嫌な顔をした。
「えー何その爆弾案件。別にやってもいいけど、僕は一切関わらないからねー」
だがあっさりと承諾していた。一切合切無関係でいたいらしい。
好きにしろ、というような目が一瞬俺達を見た。
職員室を出た俺達は、一旦解散という流れになった。
各々が散っていく中、唯一中西が近づいて来て俺に耳打ちをしてきた。
「なぁお前何で賛成したんだ?」
随分と小さい声だ。
「……お前こそ賛成しただろ、魔法少女なのに」
反論すると、彼女は不満そうな顔をする。
「……別にいいだろ、魔法少女かどうかは関係ねぇ」
そう言い捨てる。随分あっさりとしていた。
「……そうか。じゃあ俺は帰る」
手をひらひらと振り、廊下を歩き出す。
彼女は特に、止めてきたりはしなかった。
スリッパの靴音だけが、角を曲がるまで廊下に響き渡った。
■ ■
朝の男子生徒――――生田が角に消えていく。
あいつは最後まで理由を言わなかった。
興味がない、などとどの口がほざいていたのか。
やけに中性的な顔立ちの癖に、一番不気味だ。
「……意味分かんね」
ふと気づくと、ポケットの携帯が震えていた。
取り出し、耳に当てる。
「……何すか?」
『ああいや、ごめんごめん急に電話して』
電話に出たのは、若い男の声。
「いや別にいいけど……何かあった?」
ふてぶてしく言うが、いつものことだ。
きっと彼も慣れているから、すぐに返事をくれる。
『ちょっと付いてきてもらいたい件があって……』
その遠慮するような音色に、私は聞き覚えがある。
「……まさか、またクソ民どもがやったのか?」
いつも、彼が私に付き添いをお願いするのはただ一つの理由しかない。
携帯の音しか、聞こえなくなっていく。周りの音が、難聴のように聞こえなっていく。
『うん……また一人……巡回中に不意打ちに合って……』
怒気のままに、地団太を踏む。
携帯が、ミシリと鳴った。
「……あぁ、分かった。すぐ行く」
その声は、自分でも驚くほどほど掠れていた。
きっとあの後輩だろう。予想はつく。
……薫陶された人間ばかりが、いつも先だったから。
通話をきった後、静かに学校を後にして直ぐに細道に入り、変身する。
体を包む光が、やけに滑稽に思える。
一瞬にして私は茶柄の魔法少女になった。
―――――いけないな。私がこんな事をしているのはらしくない。
余計に滑稽に見えてしまう。何回もあったのに。
思考をかちり、と転回し、力を込めて地を蹴った。
■ ■
カンカン、とアルミ階段の踏まれる音が甲高く響く。
地上から下へと向かうその階段は、よく通る道。
やがて一つのドアの前に辿り着いた。
”魔法少女協会”
コンコンと二回鳴らし、反応を待つ。
やがて中から、ガチャリと鍵の外れる音がした。
「やぁ態々来てくれてありがとう」
中から姿を現したのは、先ほどの声の主だった。
中肉中背で黒髪の平凡な若い男だが、真面目が取り柄。
「……仕方ねぇよ。魔法少女やってたら否が応でも慣れる」
フンと鼻を鳴らすと、彼は苦笑した。
「あはは……逞しいなぁ。大人の僕が情けなく感じるよ」
「お前はちゃんと貢献してるわ。クソどもよりマシ」
私は手で払うジェスチャーをする。彼は今度は笑ってみせた。
「言うねぇ……ま、取り敢えず中、入りなよ」
ドアが開かれ、私は中に入る。
中は綺麗に整理されており、棚には大量の紙束。
髪を揺らす、特有の音を発する換気扇。
そして、一人の少女が奥の椅子に座っていた。
「あっ先輩!」
ガタリと椅子から立ち上がり、猫のように私の元へと寄ってくる。
「よう」
「お久しぶりです!今日はどうしたんですか?」
向日葵のような笑顔。私には随分眩しく感じた。
思わず髪をクシャクシャにしたい気分になった。
「……骨拾いを、な……」
「―――ッ……そう、ですか」
顔を下げる。今の私から、彼女の表情は伺えなかった。
換気扇の虚しい音が部屋を満たす。
ブゥーン、と。
最初に口を開いたのは彼だった。
「……荷物置いたら、行こうか。仲間も現地で待ってる」
「……ああ、そうだな」
変身を解き、学校の物を部屋に置いて、後輩に別れの挨拶をしてから私達は外の車に乗った。
エンジンの音が振動と共に伝わる。
彼がハンドルを握り、アクセルを踏むと、車は緩やかに動き出した。
「少しの間かかるから、何か話でもしないかな?」
ハンドルを回しながら視線を向けずに聞いてくる。
「いいぞ」
「最近、修正アンチの連中が殺される事件があったよね?」
「ああ、近場にいたから良く知ってる」
チカチカと、ヘッドライトの音と、右に掛かる心地よい遠心力。
「あれ、もしかしたら守護四天かもしれないんだ」
「……そうなのか?」
「うん、多分”生命”だろうね」
ハンドルを元に戻しながら、彼が言う。
私の脳裡を、寒夜の赤い光が過った。
「……あいつら、何がしたいんだ?」
「さぁね。同じ魔法少女だけど、違う魔法少女みたいなものだから」
「……何者なんだろうな、あいつら」
窓越しの空を見上げる。夕方に差し掛かった空は、オレンジ色に染まっていた。
「触らぬが仏が正しくなのかもしれない。できれば、僕達の味方になって欲しいんだけどね」
「それこそ無理な話だろ」
「……かもしれないなぁ」
彼が軽い溜息を吐いたのが分かった。
車が緩やかに止まる感覚。キキ、とブレーキの音が鳴った。
「……この近くだよ」
バタン、と車のドアを閉め、彼の後をついていく。
最終的に、私達はある小さな小屋の前に着いた。
ドアの前に、一人の老齢の男が立っていた。
「おう来たか」
「ああ」
「今回のは中々だぞ……確り気を持てよ」
悲し気に言い捨てた男がドアを開く。
その瞬間、鉄錆の匂いと、そして鼻腔をヌメリとした生臭さが突き抜けた。
「つッ……」
だが、前の彼は一瞬だけ顔を顰めたが、決意したように中へ入った。
私も覚悟を持って、その闇の中へ入った。
直ぐに目に映ったのは、果てたヒーローの姿だった。
ドレスは裂かれ、剥かれ。少女の身体が無防備に、部屋の中央に晒されていた。
陶磁器のように白かったはずの腹には、一本の包丁が巨木のように突き刺されていて、もう彼女が動くことがないのだろうとはっきりと分かった。
目を見開いたまま、その濁った目を何処かへ向けている。
「……ああ、随分とやってくれたね……」
「ああ……」
体から溢れて既に凝固の始まった血液が、やけにチカチカと赤く見える。
―――――本当に、身近な英雄に救いはあるのか。
そう考えずにはいられなかった。




