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ゆっくりしていってね

「本当に……あなたは、いつからそんな人に変わってしまったんでしょうね」

わたくしは、気づけば笑いながら口をついて出た言葉に自分で驚いておりました。

...の...が苦しくて...どうにもうまく整えられない。


「わたくしは本当に……本当に……」


そこで言葉が途切れてしまいます。

(わたくしは...あの林檎が...)


しかし林檎は、わたくしの思考を見透かすように、静かにこちらを見つめていました。

その目は、昔一緒に遊んでいた幼馴染の頃と変わらぬ真っ直ぐさを宿していて……

それがかえってわたくしの心を乱すのです。


「未来……変わったのは僕じゃなくて、たぶん――お互いなんだよ」


穏やかな声で告げられたその一言に、わたくしは息を呑みました。


「……お互い?」

気づけば、その言葉を反射的に口にしておりました。

わたくし自身、何を問いかけたいのか分からないまま。


林檎はゆっくりと息を吐き、夕陽に照らされた横顔をこちらに向けます。

「うん。だってさ、昔の未来は……もっと素直だったよ。泣きたい時は泣くし、嬉しい時は笑うし。僕もそんな未来につられて、毎日が楽しかったんだ」


わたくしの目に、過去の情景がよみがえります。

泥だらけになって遊んだ夏の日、木陰でお弁当を分け合った放課後。

あの頃の笑顔が、今も鮮やかに焼き付いている。


「でも今の未来は、全部隠そうとする。誰にも弱いところを見せないし……自分で自分を縛りつけてるように見えるんだ」


「……っ」

言い返したいのに、言葉が出てこない。

だって、林檎の言葉は――図星だから。


「だからさ。変わったのは、僕だけじゃなくて……お互いなんだよ」


その穏やかな瞳に映る自分の姿が、どこまでも弱々しく見えてしまい、わたくしは視線を逸らさずにはいられませんでした。


「……たしかにそう、ですわね」

わたくしは小さく頷いてしまいました。

そしてなぜか不思議と少しだけわたくしの顔が温かい。


林檎は目を輝かせてから、ふっと笑みを浮かべます。

「……未来がそう言ってくれるなんて、ちょっと意外だな」


「な、何を言っているのですか! わたくしだって、ちゃんと分かっておりますわ……」

思わず声を荒げますが、その先は続かず、唇を噛みしめるしかありませんでした。


「……ごめんな。今まで、からかってばかりで」

林檎の言葉は夕焼けに溶けるように柔らかく響きます。

「でも……未来とこうして話せて、なんだかホッとした」


「……わたくし...いや、わたしも!」

口をついて出たその言葉に、自分で驚きました。

けれど、もう止められません。

「やっぱさ、うちらでこうして話すのは……なんか良いよね」


互いに目を合わせ、少しだけ笑みをこぼす。

その瞬間、どこか昔の幼馴染に戻れたような、そんな不思議な感覚が心を包んでいった。


「……なぁ、未来」

海梨がぽつりと切り出した。


「ん?」

気づけば自然と口調が柔らかくなってた。さっきまで無理して張ってた“お嬢様”の仮面が、いつの間にか外れてしまっていた。


「……久しぶりにさ...家寄ってかない? なんか、久しぶりにさ……もっとゆっくり話したい」

海梨はちょっと照れくさそうに視線をそらす。


「え、家って……あんたの?」

「うん」

「別にいいけど……」

そう言った瞬間、胸がドキンと跳ねた。口では素っ気なく答えながら、心のどこかで....とある自分に再び気づいてしまって。


「ほんと?よかった……」

海梨は少し安心したように笑った。その笑顔に、自分の頬もまた熱くなる。


――そして、並んで歩く帰り道。

気づけばタメ口のまま、昔みたいに肩を並べて歩いてた。

夕焼けが二人の影を重ね、なんだか子どもの頃に戻ったみたいで――胸の奥がじんわり温かくなっていった。


「……海梨ってなんで今日の1限あんなこと言ってきたの?」

「そりゃ幼馴染だしな。お前の癖くらい分かるわ。」

「ふん……嘘つけぇ〜!」

そうやって軽口を交わしながら、私は海梨の家の玄関へと足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす」

家の奥から走ってくる音が聞こえる。

「まぁ!未来ちゃん!久しぶり!」

「海穂さん...久しぶりです。」

「外暑かったでしょ?早く上がって!」

「いいよ(かあ)さん...そんなにはしゃがないで...」

海梨が迷惑そうに言う

「久しぶりに未来ちゃんが来たんだからいいでしょ〜」

こんな雑談を聞きながら靴を脱いで足をそろえわたしは海梨の部屋へ向かう。

海梨の部屋に足を踏み入れた瞬間、私は思わず目を丸くした。

そこは思ったよりもずっときれいで、こじんまりとしながらも整然とした、なんだか落ち着く空間だった。窓から差し込む柔らかい夕陽の光が、部屋全体をほんのりとオレンジ色に染め上げて、少し懐かしいような、やけに胸がざわつく雰囲気を作り出していた。


「昔と変わらないね〜」

「……てか、案外ちゃんとしてんじゃん」

軽くからかうように言いながら視線をふと机の上に向けると――


「……ん?」


そこには、どう見ても表紙からしてやけに刺激的であからさまに怪しい本が無造作に置かれていた。赤く艶めかしい装丁、目を背けたくても背けられない()()()なイラスト。


「な、なにこれ……っ!」

うちは反射的に声を上げ、顔を真っ赤にしてしまう。指先が震えるくらい、心臓がドクンドクンとうるさく響く。


「ち、ちがっ、そ、それは……っ!!」

海梨は慌てふためき、信じられないくらい必死に本を掴み取ろうと手を伸ばしてきた。その顔は耳まで真っ赤で、視線を泳がせながら「やばいやばいやばい……!」と小声で繰り返す。


「こ、これ……もしかして……!?」

「ち、違うっ!そ、そんなんじゃなくて! ほ、ほら……っ、保健の勉強用っていうか……参考っていうか……っ!!」

「はぁ?! 参考ってなに!? ど、どこに需要あんのよそんな言い訳!」


海梨は机に突っ伏すように本を必死に隠し、汗をだらだらとかきながら、あたふたと支離滅裂に弁解を続ける。その必死すぎる様子に、逆にうちはどうしていいのかわからなくなり、顔をさらに真っ赤にしながら思わず口を噤んでしまった。

未来は腕を組んで、わざとらしく鼻で笑った。

「……ふーん。そういう趣味なんだ。へぇ〜〜」

その声音は冷たくもからかうようでもあり、けれど頬はほんのり赤い。


海梨は「ち、ちが……!」と必死に言い訳を探しているが、口から出るのは「これは!」「そうじゃなくて!」の繰り返し。


未来は机の上の本をちらりと見やり、ゆっくりと海梨の顔を覗き込んで小さく笑った。

「……てかさ、あんたさ。1限に“おまえ女の子好きなんじゃね?”とか言ってきたじゃん。――結局、自分がそうなんじゃん」


「っ……!!」

海梨の顔が一瞬で真っ赤になり、口をぱくぱくさせて言葉を失う。その視線は泳ぎ、耳まで熱を帯びていく。


「な、何よ。図星? だったら――」


挑発するように未来が身を乗り出した、その瞬間。


「――もう!」

ガタッと音を立てて海梨が未来を押し倒した。


ベッドに背中を打ちつけ、驚いた未来が「きゃっ……!」と声を上げる。

見下ろす海梨の瞳は、真っ赤に染まった頬とは対照的に真剣で、もう隠しきれない感情をむき出しにしていた。


二人の間の距離は一気にゼロに近づき、互いの鼓動だけがやけに大きく響く――。

海梨が未来を押し倒し、二人の呼吸が重なったその瞬間。


「――あら?」


カチャリと扉が開く音。


未来と海梨、同時に振り返る。

そこにはジュースとお菓子をを手にした林檎の母親である海穂さんが、ぽかんとした顔で立っていた。


「……え、えっと……」

未来は顔を真っ赤にしながら慌てて身を起こそうとするが、まだ海梨に押さえつけられたまま。


一拍置いて、海穂さんは気まずそうに笑い、

「あはは……お邪魔だったね。ごゆっくり〜」

とだけ言い残して、そそくさと扉を閉めて去っていった。


「……っ!!!」

「……っ……!!」


二人の顔は耳まで真っ赤。

重苦しい沈黙が流れ、未来は思わず声を荒げた。


「な、なに今の!? ど、どんな誤解されると思ってんのよあんた!!」


「お、僕だって……! こんな状況になるなんて思ってなかったし!」


互いに言い訳をぶつけ合いながらも、どうしても頭の片隅に「ごゆっくり〜」という言葉がこびりついて離れない。

そのせいで、まともに目を合わせられないまま、二人はさらに気まずい空気に包まれていった――。


「な、なによあんた! よりによってあんなタイミングで……っ!」

未来は頬を真っ赤にしたまま海梨を突き飛ばすようにして距離を取った。


「僕のせいかよ!? 未来が変なこと言うから、つい……!」

海梨も言い訳しながら耳まで真っ赤だ。


「変なことってなによ!? あんたが隠してた()()のほうが変でしょ!」

「そ、それは……っ! 男なら誰だって……いや今は女だけどっ……! とにかく違うんだってば!」

「でも今でも見てるんでしょ〜!」

「うっせ!」

互いに譲らず、声はどんどん大きくなっていく。

未来の心臓はバクバクと跳ね、海梨も額に汗を浮かべながら必死に弁解する。


――その一方で。


廊下の先、母親は手に持っていた物をテーブルに置きながら、耳を澄ませていた。

部屋の中から聞こえる必死な言い合いの声。


「……ふふっ」

思わず口元を手で覆い、小さく笑みをこぼす。


「可愛いわねぇ、ほんと。あの子ったら、未来ちゃんのことになると……」


声に出すことはせず、ただ頬を緩めながら台所へと向かっていった。

母親の胸の中には、どこか温かく見守るような気持ちが満ちていた。


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