見知らぬ女の子
正直に言って、私は林檎海梨の顔なんて二度と目に入れたくなかったのです。
同じクラスにいるだけで空気が重くなりますし、授業中は余計な口を挟んでくるし、休み時間に目が合えばすぐ挑発してくる。
まったく、あんな性格でよく人間関係が持つものだと感心すらしていたのです。
さらに周りも私たちの揉め事を見て「結婚しろよ〜」とヘラヘラ笑いながら囃立てていて...
そして今朝。
教室に入って、林檎の席に見知らぬ女の子が座っていたとき、私は一瞬状況が呑み込めなかったのです。
「……誰?」
思わず声が出てしまいました。
その子はきょとんと私を見返し、困ったように笑った。
けれど、次の瞬間、聞き覚えのある声でこう言ったのだ。
「……僕なんだけど?」
頭が真っ白になった。
頭が受け入れたくなかった。
よりによって、一番嫌いなあいつが――女の子になって現れるなんて。
「あっそ」
ああなんて可愛らしいの!
信じられませんわ。あの、口を開けば生意気なことばかり申す林檎海梨が……女の子になっているだなんて。
さらさらと流れる髪、伏せた睫毛の長さ、わずかに頬を染めて困惑する表情――。
どこからどう見ても、清楚で愛らしい子。
「……あ、ああ……なんて可愛らしいの!」
気づけば声に出しておりました。
小声で言ったつもりでしたが慌てて口を押さえましたけれど、遅うございましたわ。
彼――いえ、“彼女”は目を見開き、耳まで真っ赤に染めております。
「な、なに言ってんだよ! 筑波!」
わたくしも混乱しておりました。
嫌い抜いてきたはずの人を前に、なぜこのような事が言えるのでしょう...
「いえ!私は何も申しておりません!
...あなたと話していると頭が痛くなるからどっか行ってちょうだい」
わたくしはそう言い放ちましたの。
けれど、追い払うようなその声は、わずかに震えていたに違いありません。
「はぁ? なんだよそれ……。ボクだって好きでこんな姿になってるわけじゃ――」
彼女は唇を噛み、言葉を飲み込みました。
その仕草すら妙に女性的で、胸の奥がさらにざわめきます。
「ち、違いますのよ……! 別にわたくしは、あなたを気にしているわけでは……」
否定の言葉が宙に浮いたまま、わたくしは視線を逸らしました。
けれど、黒板の文字よりも、友人たちのざわめきよりも、はっきりと感じ取れてしまうのです。
――彼女のまなざし。
わたくしを真っすぐに見つめるその眼差しが、頭から離れません。
「……ほんとうに、厄介なお方ですわね。林檎海梨は。」
小さく吐き捨てしまいました。
そんなことも束の間周りが急に騒がしくなりましたわね。
どうしたのでしょうか?
ふと耳を傾けると
「え! あの筑波が林檎のこと可愛いって言ったぞ!」
教室中...いや廊下にまで響き渡るその声に、わたくしの血の気が一気に引いていきましたの。
どうして聞こえてしまったのかしら……! ああ、盲点でしたわ。梨野くんの地獄耳をすっかり失念しておりました!
(まずいまずいまずいまずい!!!)
顔を真っ赤にしながら取り繕おうといたしましたけれど、クラスの空気はすでにざわめきの渦。
「筑波が林檎に“可愛い”だって?」「あの犬猿の仲が?」と、囁きがあちこちから聞こえてまいります。
一方その頃、梨野くんは――。
(やっべぇ……海梨、可愛すぎんだろ……!)
心の中で叫びまくってた。
いや、いけない。幼馴染の俺がそんなこと考えちゃ駄目だ。駄目に決まっている。
――けど。
(可愛い海梨を……俺が守ってやらないと! そうだ、守らなきゃ! 誰にも取られないように!)
そんな決意に変わっていくのに時間はかからなかった。
俺の視線はいつの間にか鋭く、そしてどこかナニカを帯びたものへと変わっていた。
――
教室のざわめきの中で、わたくしはひときわ強い視線を感じました。
振り返れば、そこには……私を真剣な眼差しで見つめる梨野くん。
(な、なんですのあの顔は……。わたくしは梨野くんに何もしていないはずなのに、なぜあんなに厳しい目線を向けられるのでしょう……?)
わたくしは居心地の悪さを覚え、慌てて視線を逸らしました。
しかし梨野くんの眼差しは、明らかに“わたくし”ではなく“林檎”に注がれていたのです。
「……海梨、こっちへ来いよ」
わたくしが視線を下に落としたその瞬間、梨野くんはずかずかと歩み寄り、強引に林檎の腕を掴んで連れ出してしまいました。
その動きはどこか焦っていて、まるで周囲から彼――いえ、彼女を隠そうとしているかのようでございます。
気づかれぬよう後をつけてみますと……。
「ドンッ!」という音と共に、目に飛び込んできたのは、まるで壁ドンのような体勢。
「ちょ、ちょっと梨野……! なんだよこれ……!」
林檎は困惑して声を上げましたが、梨野くんは頑なに首を振るばかり。
そして林檎の頬はわずかに紅潮しておりました。
「お前……あいつに、多分好かれてるぞ。いいか、絶対に俺から離れるなよ?」
(……まあ! なんという独占欲の強さ!)
わたくしは思わず声に出しそうになりましたが、どうにか飲み込んだのでございます。
けれど――。
(梨野……? 何してるのさ……。ちょっと、僕たち……変に見られちゃうじゃん!)
「いや、梨野、近いよ……。もう少し離れてくれない?」
ふと視線を戻すと、頬をぽりぽりと掻いている林檎の姿がございました。
その横顔はどこまでも女の子らしく、そして儚げに見えて――
(ああ……また、可愛らしいと思ってしまいましたわ……!)
(い、いけません! 何を言っているのでしょう、わたくし! どうしてあんな人を可愛いなどと……しっかりなさいませ、わたくし!)
わたくしの胸の内は、己の感情に翻弄され、静かに――けれど確実に悶絶していたのでございます。
Tsukubaです。後書きって何を書けばいいんでしょうか...
えーそうですね。まずこの作品は共同執筆です。
相方はアップルパイさんという鉄道系YouTuberです。
僕も鉄道系YouTuberなのでそれ繋がりで色々話すとTSと百合が共通の話題になったから作ろうってなって勢いで作ったんですよね。おっと誰かが来たようだ。え?性癖暴露するな?




