「万年筆」「自動販売機」「雪だるま」
【冬のインク】
雪がしんしんと降る午後、駅前の自動販売機の横に、小さな雪だるまが置かれていた。
丸い頭には、なぜか青い万年筆が突き刺さっている。まるでペンが帽子代わりになっているようだ。
僕は足を止め、そのペンを抜いてみた。重さのある、古い外国製。キャップを外すと、中にはまだ青いインクが残っている。持ち主が置いていったにしては、ずいぶん上等な品だ。
寒さに震えながら、自動販売機で缶コーヒーを買うと、背後から声がした。
「それ…僕のです」
振り向くと、マフラーをぐるぐる巻きにした少年が立っていた。息が白く、手袋越しに差し出された手が少し震えている。
「万年筆?」
「はい。…でも、それは僕じゃなくて、父のものです」
話を聞けば、その万年筆は父が作家だったころに使っていたものらしい。父は数年前に亡くなり、少年は今日、父の命日に雪だるまを作ってそこにペンを挿したのだという。
「父は雪の日が好きで…原稿もいつもこのインクで書いてました」
僕はペンを返し、缶コーヒーを半分ほど差し出した。少年は笑って受け取り、雪だるまの隣に腰を下ろした。
「父の小説に、駅前の自動販売機が出てくるんです。…ここで会えたのも、なんだか物語みたいですね」
雪は降り続き、雪だるまの肩に白い層が重なっていく。
別れ際、少年はペンを胸に抱えながら言った。
「父の続きを、僕が書いてみようと思います」
駅までの道、僕の足跡の隣に、万年筆の青いインクの色が、ずっと残っているような気がした。