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三題噺  作者:
2025年8月
4/16

「風船」「時計」「海」

【海辺の時計】


夏の終わり、海辺の防波堤に腰をかけ、僕は膝の上の時計を眺めていた。

古びた懐中時計。錆びついた蓋の裏には、かすれた文字で「ゆめを忘れるな」と刻まれている。これは、去年亡くなった祖父がくれたものだ。


波の音と一緒に、遠くから笑い声が聞こえる。砂浜では、子どもたちが色とりどりの風船を手に走り回っていた。海風が強く、時折、ひとつの風船が空へ逃げる。それを追いかける姿は、時間に縛られない自由そのものだった。


僕は時計の針を見つめる。秒針はゆっくりと回り、やがて正午を告げる。祖父はよく言っていた。「海を見ていると、時間なんてどうでもよくなるだろう」。その言葉の意味を、今なら少し分かる気がした。


ふと、赤い風船がひとつ、防波堤の方に飛んできた。僕は慌てて立ち上がり、それを手に取る。紐の先には、小さな紙片が結ばれていた。


> ねがいごと:もう一度、あの人に会いたい




その筆跡は幼いが、文字から伝わる切実さに胸が締め付けられる。持ち主を探そうと砂浜を見渡すが、赤い風船を持っていた子はもう見当たらない。


僕は海に向かって風船を掲げた。海風が頬を撫で、風船はゆっくりと空へ昇っていく。青空と海の境目で、赤い点が小さくなるまで見送った。


懐中時計をポケットにしまい、帰ろうと歩き出す。波の音の中で、祖父の声が聞こえた気がした。

「ゆめを忘れるな」


海は今日も、時間を溶かすように輝いていた。

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