「カメラ」「パンケーキ」「雨傘」
【雨傘のむこう】
日曜の午前、喫茶店の窓際でパンケーキを待っていた。
窓の外は小雨。水たまりに映る街並みが揺れ、その中を、黄色い雨傘を差した女性がゆっくり歩いている。
僕の手元には、古いフィルムカメラ。祖父から譲り受けたもので、シャッターを切るたびに、少し重い感触が指に残る。雨の日の光は柔らかくて、被写体を優しく包む――だから、こんな日に撮る写真が好きだった。
黄色い雨傘の女性が、ふと立ち止まり、こちらを見た。
僕は思わずシャッターを切る。レンズ越しの彼女は、どこか懐かしい表情をしている気がした。
ちょうどパンケーキが運ばれてきた。ふわふわの生地の上に、溶けかけのバターと黄金色のシロップ。フォークを持ち上げたとき、入口のベルが鳴った。
入ってきたのは、さっきの黄色い雨傘の女性。驚く僕の視線に気づくと、彼女は小さく会釈をして、隣の席に座った。
「…カメラ、好きなんですか?」
声をかけられ、僕は少し慌てて頷く。
「はい、雨の日の写真を撮るのが特に」
「そうなんですね。私も…昔はよく撮ってたんです」
会話は自然に広がっていった。彼女は引っ越しの準備で古いアルバムを整理していて、その途中で雨が降り、懐かしさに誘われてこの喫茶店に入ったという。
僕は勇気を出して、さっき撮った写真を見せた。彼女は目を丸くして笑った。
「まるで…昔の私みたい」
雨が上がり、店を出るころ、彼女は傘をたたんで僕に向き直った。
「よかったら、この写真…現像したら見せてください」
そう言って、メモ帳に名前と連絡先を書き、パンケーキの香りがまだ残る空気の中を歩き去っていった。
手の中のカメラは、まだ温もりを残している。
雨傘の向こうからやってきた、この不思議な縁を、僕はきっと忘れないだろう。