「たこ焼き」「望遠鏡」「おばあちゃん」
【たこ焼きと星】
商店街の外れにある、古びたたこ焼き屋。
鉄板の前に立つのは、八十を超えるおばあちゃんだ。白い髪をお団子にまとめ、丸い眼鏡をかけたその姿は、たこ焼き屋というより理科の先生みたいだと、僕はいつも思っていた。
「今日は星がきれいだよ」
焼き上がりを待つ僕に、おばあちゃんは唐突にそう言った。
「星ですか?」
「そう。ほら、望遠鏡、貸してあげるから」
店の奥から出てきたのは、年季の入った黒い望遠鏡。金属部分には細かな傷があり、何度も組み立て直された跡があった。
「これでね、昔は天体観測をしてたんだよ」
おばあちゃんは笑いながら、たこ焼きの舟を僕に渡す。
僕はそのまま店の裏に回り、望遠鏡を空に向けた。冬の夜空は澄んでいて、星々が瞬いている。レンズを覗くと、月のクレーターまでくっきり見えた。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
「だろ? 私の宝物なんだ」
聞けば、おばあちゃんは若いころ、天文学を学びたかったらしい。しかし家業のたこ焼き屋を継ぐことになり、夢は叶わなかった。それでも夜な夜な望遠鏡をのぞき、星を見続けたのだという。
「たこ焼きもね、星と同じで奥が深いんだよ。丸く焼くのも、天体の軌道みたいにバランスが大事」
そんな比喩を聞かされ、僕は笑った。
その夜、僕はたこ焼きを頬張りながら、望遠鏡で土星の輪を見た。
「輪っかがある!」
「そうさ。たこ焼きにもね、ちゃんと輪っかができるんだよ、焼き方次第で」
おばあちゃんの言葉は、少しズレているようで、不思議と胸に残った。
それから僕は毎週、店を訪れるようになった。たこ焼きの甘いソースの香りと、望遠鏡で覗く星空は、僕の日常の中で小さな冒険になった。
おばあちゃんはいつも笑顔で迎え、時には星座の話をし、時にはたこ焼きの裏技を教えてくれた。
春になり、おばあちゃんは体調を崩して入院した。
あの望遠鏡は、店の片隅で静かに埃をかぶっている。
僕は夜になると、あの星空を思い出す。
そして心の中で、あの言葉を繰り返す――
「たこ焼きも、星も、丸いほうがきれいなんだよ」