「金魚」「電車」「手紙」
【金魚のゆくえ】
夏の夕方、駅前のベンチで封筒を握りしめていた。
中には、彼女からの最後の手紙。差出人欄には小さな金魚のシールが貼られている。あの夏祭りで一緒に金魚すくいをしたとき、「この子たち、長生きさせようね」って笑った顔が、鮮やかに蘇る。
封を開けるのが怖くて、ただ指先で撫でていた。電車の到着を告げるアナウンスが響く。行先は終点まで同じ――でも、彼女はもうそこにはいない。
あの日、彼女は引っ越しの話を切り出した。遠くの町に行く、家族の事情で、しばらく帰れないと。僕は何も言えず、ただ金魚鉢の中を泳ぐ二匹を眺めていた。水面に映った彼女の顔が揺れ、そのまま別れの日になった。
ホームに入ってきた電車の風が、封筒を少し開いた。中から一枚の写真が覗く。金魚鉢と、その前に並んで笑う僕たち。裏には文字がある。
> 元気でね。金魚はちゃんと世話してあげて。
それと、もしまた会えたら――あの電車に一緒に乗ろう。
電車のドアが閉まる音がした。僕は座席に腰掛け、手紙を読み返す。揺れる車内で、ふと窓の外を見ると、小さな祭りの提灯が流れていく。
駅をいくつも過ぎ、終点が近づくころ、ポケットの中で手紙が温もりを持っていることに気づいた。それは、金魚鉢の水が太陽に照らされて輝くときの、あの優しい光に似ていた。
降り立った駅は、夕暮れの匂いがした。彼女はいない。それでも、金魚は家で待っている。
僕は改札を抜け、少しだけ笑った。