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第0幕

第0幕 現実


みんなは、大切なものをなくしたことがあるだろうか。

お気に入りのペン、昔の写真、ふと耳にしたあの曲。

そんなささいな喪失でさえ、心がざわつくことがある。


では――「人」をなくしたら?


黒崎天都くろさき てんと、高校二年生。

つい最近、彼は彼女の桜雲楓(さくらぐも かえで)を亡くした。


楓は、静かに、でも確かに――死んだ。

その事実だけが、世界の色を奪った。


「どうして……言ってくれなかったんだよ」


後から知った。楓は病気だった。

長くはない命を、自分だけで抱えていたらしい。


天都には、何も知らせずに。


「俺だけ……知らなかったんだな」


楓は最後まで、いつも通りだった。

明るくて、優しくて、ふざけて、笑っていた。


それが、全部――本当の姿だったのか。

それとも、強がりだったのか。

もう、確かめるすべはない。




葬儀のあとの夜、天都は家に帰って制服のまま畳に倒れ込んだ。

バッグを放り出し、靴も脱がず、そのままの姿で天井を見つめる。


カーテンを開ける気にもなれず、部屋はぼんやりと暗かった。

時計の針の音だけが、妙にうるさい。


頭の中で、彼女の最後の声が繰り返される。



「ねぇ、天都くんって夢って見る?」

「うーん、最近はあんまり。すぐ忘れる」

「そっか。私はね、けっこう見るんだ。空も飛べるし、海の中でも息できるし……死んだ人にも、会えるよ」

「……死んだ人に?」

「うん。夢の中って、なんでもありだから」



その言葉が、今になって胸を刺す。

もしかしたら、楓はそのときすでに……。

そう思えば思うほど、喉の奥が詰まり、息が苦しくなる。


「バカだよ……俺が気づけなかっただけじゃん……」


呟いた声は、誰にも届かない。


楓のいない世界は、息が詰まるほど静かだった。



3.


まぶたが重くなっていく。

頭の奥がぼんやりとして、思考が溶けていく。


眠るつもりなんてなかったのに、体はもう限界だった。

楓のことを考え続けるには、あまりにも、心が疲れていた。


現実が、ゆっくりと遠のいていく。


沈むように、落ちるように、

天都の意識は、深い闇へと沈んでいった。


そのとき――


耳元で、声が聞こえた。


どこか懐かしくて、不思議な響き。


まるで、夢と現実の境界をくすぐるような、優しい声。



「夢の世界ヘ――ヨウコソ!」


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