スマホ爺 座高婆再来
皆様、お久しぶりの照り焼き♪貴方の舞空エコルです♡
お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません。
忘れた頃にアポなしでやってくる【幽樂蝶夢雨怪異譚】
これまでの話は全て放送されたラジオドラマの脚本を
小説化したものでしたが、今回は完全書き下ろし新作、
しかも、あの「座高婆」の続編、シークエルですよ!
映画館で座高の高い客の首を容赦なく斬り落とす妖怪:
座高婆にまさかのパートナーが…… その名もスマホ爺!
座高婆一人でも十分に恐ろしいのにスマホ爺も加わって
二人となると、その恐ろしさたるや…… 言っとくがな、
1+1は2じゃないぞ! 座高婆とスマホ爺は1+1で
200だ!!10倍だぞ、10倍 恐ろしいんだぞ!!
はあ!?計算がおかしいだと?知らねえよ!お化けは
いちいち数字にこだわらねえんだよ!文句があるなら
新日本プロレスの小島選手に言ってくれよ!(言うなよ)
さあ始めようか 宴の時間だ……なんちて。
「座高婆」の一件から数年後の話です。あの映画館
では散々な目に遭ったので、もう二度と行きたくは
なかったのですが、マニアにとってあまりに魅力的
なホラー作品が、あの劇場だけで上映されることが
公表されました。かなり逡巡しましたが、この機会
を逃すと、もう劇場で見ることはできないかも……
私は、意を決して、ネットでチケットを購入、再び
あの映画館へ足を運びました。
劇場に着くと入場時にスマホを回収され、預かり札
を渡されました。上映中のスマホ使用はマナー違反、
最近はどの劇場でも上映前に必ず電源を切るように
周知されますが、スマホを預けるまで徹底している
のは初めてです。まあ相変わらずマナーを守らない
不心得者も多いので、これくらい厳格に対処しても
全然構わないかも…… 私はむしろ好感を持ちました。
場内に入ると、驚いたことに通常の座席は全て撤去
され、代わりにアイマックスの最前列にあるような、
観客が寝転んで鑑賞できるリクライニングシートが
フロア全体に設置されていました。収容人数は減り
ましたが、座高が高い客の首を斬り落とす恐ろしい
妖怪・座高婆の被害を防ぐには、ほぼ万全でしょう。
しかも料金は据え置き。カスタマーフレンドリーな
劇場のスタンスに感動すら覚えながら席に着いたら、
座高婆の騒ぎのときにもいた多くの常連客が、私に
気づいて笑顔で会釈してくれました。やがてブザー
が鳴って場内が暗くなり、上映が始まりました。
さて、今回上映される作品は、80年代に公開されて、
あまりの過激な内容に、全米上映禁止!…… という
宣伝文句も懐かしい、知る人ぞ知るホラーの古典?
『バーニング』詳しい内容は各自で検索してください。
全身に醜い火傷を負った殺人鬼バンボロが、復讐の
ため園芸鋏というユニークな凶器で、若者を次々に
惨殺していくというスプラッターホラーです。
上映前の次回予告では『ファンタズム』などという
さらにマニア心をくすぐるカルト作品の公開も告知
されて場内がどよめき、空気も盛り上がってきた中、
一人だけ遅れて入場してきた客がいました。入口で
預けなかったらしく、手にしたスマホの照明で通路
を照らしながら歩いてきて、私の左隣に空いていた
リクライニングシートを見つけると、ナップサック
を下ろして鼻を鳴らし、ゴロリと横たわりました。
じっとり汗の滲んだアニメの萌えキャラTシャツに
ボサボサの長髪。肥満体で、何日も入浴していない
らしく、隣席にも饐えた体臭が強烈に漂ってきます。
(風呂キャンのオタクか…… 勘弁してくれよ)
最近では各ジャンルの浸透と拡散に伴って認知度が
上がると共に、一般常識も備わり、昔に比べて意識
もマナーも衛生観念も、格段に向上したといわれる
オタク界隈ですが、それでもやはりなお、傍若無人
で非常識、不潔で不快な連中も、どうしても一定数
の割合で存在しています。まさに、その典型でした。
いわゆる席ガチャの大外れ…… 臭いが語りかけます、
臭い、臭すぎる!後方に空席もあったし、そちらに
移動しようかと身じろぎした矢先、残念ながら予告
が終わって、本編の上映が始まってしまいました。
迂闊に体を起こして、頭の高さが座高婆の許容基準
を超えたら、即座に鎖鎌が飛んできて、容赦なく私
の首を斬り落とすでしょう。ここはもうあきらめる
しかありません。
(早く鼻が馬鹿になって、上映中はこの悍ましい悪臭
に耐えられますように…… 吐いたりしませんように )
私は涙目で祈るしかありませんでした。
臭いには閉口しましたが、やはり映画は楽しみです。
気持ちを切り替え、リクライニングにゆったり身を
沈めて、頭をヘッドレストに預けた瞬間…… 左目の
視野の隅に違和感を覚えました。スクリーンの反射
ではない微かな光のちらつき…… 隣のオタクが腹に
乗せたナップサックで手許を隠すようにしてスマホ
をいじっていたのです。ググっているのかメールか
SNSかは分かりませんが、暗闇の中で高速で文字
を打ち込みながらモゴモゴ何やら独り言を呟いたり
デュフフフと笑ったりして、まあ目障りだし耳障り、
マナー違反も甚だしい。さすがにもう頭に来たので
臭いのを我慢してそちらに顔を向けて、厳しく注意
してやろうと口を開きかけた、まさにそのとき……
「あんたぁ…… スマホ、切りなはれや…… ? 」
オタクの前に作務衣を着た身長1メートル足らずの、
無精ひげを生やした小柄な老人が立っていました。
驚いて動きを止めたオタクに向かって、青白い顔の
老人は、バーニングのバンボロのそれよりも巨大な
園芸鋏を振りかざし、くわっと目を見開くと、怒気
あふれる大音声でこう叫びました。
「スマホ切らなんだら、あんたの手ぇ、切りまっせえ!」
そう叫ぶと同時に老人は、グイと園芸鋏を突き出し、
オタクの両手を刃に挟み込むと、腕を引っ込める隙
も与えず、ジョギリと無造作に切り落としました。
警告を与えながら相手の反応も待たずいきなり切断
なんて理不尽だし、フライングもいいところですが、
切ってしまったものは仕方がありません。オタクの
両手とスマホが、無残にも床に転がりました。
「うぎゃあああああああああ!」
両の手首から凄まじい勢いで大量の鮮血を迸らせ、
驚愕と苦痛の悲鳴をあげながら、オタクは反射的に
シートから立ち上がりました。返り血を浴びた私も
狼狽えて立ち上がりそうになりましたが、ギリギリ
のところでこの劇場のルールを思い出すと、必死に
シートにしがみついて、姿勢を低く保ちました。
間を置かず、空気を切り裂く金属音が聞こえてきて、
鎖鎌に繋がる銀の刃が、見上げる私の視野とオタク
の首筋を掠めました。前回のアフロの首は切られて
しばらく体に留まりましたが、今回のオタクの首は、
切られてすぐ切断面からロケット噴射のように鮮血
を吹き出し、その推進力で勢いよく上昇していくと、
ゴンと音を立てて、劇場の天井にぶち当たりました。
そして落下してきたオタクの頭は、いつのまにか姿
を現していた座高婆が、両手で開口部を広げて持つ
Lサイズのレジ袋の中に、すっぽりと収まりました。
その横では作務衣の老人が切断したオタクの両手と
スマホをトングで拾い上げて、少し小さなMサイズ
のレジ袋に丁寧に収めていました。座高婆はレジ袋
の口をきゅっと絞ると、作務衣の老人と親しげに手
を繋ぎました。繋いでいない方の手にはそれぞれの
収穫物を収めたレジ袋をぶら提げ、笑顔を交わした
老婆と老爺は、場内に流れ始めた“マイムマイム” に
合わせて、楽しげな足取りで去っていきました。
またもや恐ろしい惨劇が繰り広げられたわけですが、
免疫ができたのか、或いは座高婆と新登場の老人の
コラボがあまりにも手際よくて鮮やかだったからか、
驚きはしましたが、それほど恐怖もショックもなく、
むしろ、凄いものを見たなあと得をした気分でした。
(今日はもう失神せずに済みそうだな…… )
劇場の隅の暗がりに溶暗していく二人の老人の姿を
目で追いながらほっとしていた、その刹那でした。
隣のシートに立ち尽くしたままだったオタクの死体
がいきなりグラリと揺れて、油断していた私の上に
倒れ込んできました。オタクの肥満した巨体が容赦
なくのしかかり、覆い被さってきて、そのあまりの
重量に身動きが取れなくなった私の顔面に、死体の
首の断面から、生温かく生臭いおそらく高脂血症の
血液が、これでもかとばかりに夥しくドボドボと
降り注がれました。血液だけでなく、風呂キャンを
続けていた体の、汗と皮脂と垢と、その他の様々な
分泌物や老廃物が複雑に絡み合った有機的な異臭の
アンサンブルが、鼻孔から脳髄に突き抜け、全身に
纏わりついてきました。地獄のような生理的嫌悪感
と拒絶反応から、激しい嘔吐と呼吸困難に襲われた
私は、全身を痙攣させて心肺停止寸前、生死の境を
彷徨い、今回もあえなく失神してしまいました。
× × ×
気がついたら、病院のベッドに横たわっていました。
前回も私を助けてくれたあの年配客が、心配そうに
私を見下ろしていました。
「もう心配ない。ここは前に話した、座高婆の犠牲者
の死体を秘密裏に処理する、市警御用達の病院だ。
さっきの死体と一緒に失神したあんたも運び込んで、
治療のあと体を徹底的に洗滌してもらった。それは
もう酷い臭いだった。滅多なことには動じないこの
病院のプロの看護師たちも、さすがに辟易していた
くらいだ。しかし、念入りに隅々まで洗ってくれた
からもう臭わないだろう。しばらくはところどころ
痛かったり、ヒリヒリするかも知れないが、これも
生きている証拠と思って我慢してくれ。そんなこと
より、君が聞きたいのは、あの爺さんのことだろ?
あれは『スマホ爺』という妖怪でな…… 」
年配客は居心地悪げに身じろぎして話を続けました。
「正体は分かってるんだ。わしらと同じ、あの劇場の
常連客で、小さなお寺の住職だった。もうかなりの
年齢だったが、後継者がいないので楽隠居もできず、
毎日スーパーカブに乗って檀家の法事に回っていた。
穏やかで優しい好々爺で、町中の人に慕われていた。
住職には趣味が二つあって、寺の境内の樹木いじり
と、映画鑑賞だ。偶数月の年金受給日には、駅前の
大きな劇場で封切り映画を、奇数月にはあの劇場で
昔の名作を会員割引で見ることを楽しみにしていた。
あの日も、幻の名作といわれる、あれの上映が……
タイトルは、ええっと……?」
「『シェラ・デ・コブレの幽霊』ですか?」
「それだ!さすがだね。君も見に来たのかい?」
「いえ、上映されるのは知ってましたが、あの件から
まだ日数も経ってなかったので、見に来る勇気が……」
「無理もない無理もない。まあそのシェラデ何とかの
上映があって、わしも含めて場内はほぼ満員だった。
もちろん住職も見に来ていて、実に楽しそうだった」
「あんた、これもう、えらい怖い映画らしいでっせぇ!
ひょっとして、心臓発作で死ぬかも知れまへんなあ、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…… 」
「わしらは縁起でもないと笑って諫めたよ。実は住職、
高血圧と糖尿病を患っていて、心臓も弱かったんだ。
ホラーを見るのはショック療法でリハビリの一環と
本人は嘯いていたが、まさかあんなことになるとは」
「……あんなこと?」
「ああ、上映が始まって、さすがの恐ろしさに誰もが
固唾を呑んでスクリーンに集中していると、まさか
のスマホの着信音が聞こえてきたんだ。ここの常連
は、鑑賞マナーに関しては鬼のように厳しいからな、
ほとんどの客が殺気立って、どこの馬鹿の仕業かと
場内を見回したら、住職の隣のシートに座っていた、
まだ若い茶髪でロン毛の、いわゆるチャラ男だった」
「ああ先輩、ちいーっす! ちょっと出勤まで時間が
あるんで、小汚い映画館で変なホラー見てるっすよ。
超昔の映画でモノクロだし、よく分かんないっすね」
「も、もし……あんた。上映中は、スマホは…… 」
「は? うっせーな…… 先輩、すんません。隣の爺が
文句言ってきたんで、一旦切るっす。はい、じゃあ
後ほど店の方で。ちぃーっす…… おう、何だ、爺?」
「上映中のスマホは禁止でんがな。始まる前に、必ず
電源は切っとかなあきまへん…… 」
「はあ? そんな規則、どこに書いてあるんだ?」
「その通り…… 全国規模のシネコンならばいざ知らず、
当時のこの劇場にはまだ、スマホ禁止の注意書きも、
上映前の注意喚起すらなかった。映画ファン、いや、
一般常識のある大人には、言わずもがなの不文律で
当然のマナーだが、すこぶる頭が悪く、意識も低い
チャラ男には、何を言っても通じない…… 」
「せ、せやかて、他のお客さんが迷惑してはるやろ?」
「だったら今、おまえがおれに話しかけてるのだって
迷惑だろーが! うぜえんだよ、このクソ爺!」
「誰がクソ爺や! マナー守らんかい、このクソガキ!」
「クソガキだと? 黙りやがれ、この死に損ない!」
「ななな、何をおおおおおおおっ!」
「場内の観客の誰もが、飛び出して行って住職を助け、
チャラ男をとっちめてやりたくてウズウズしていた。
しかし、誰も動けなかった…… 」
「何故ですか?」
「住職とチャラ男に近づくために席を立とうとすると、
視野の片隅にあれが入り込んでくるんだ…… 」
「あれとは……?」
「だから、あれだ」
「 あれ…… ああ! 座高婆!?」
「そう、鎖鎌を構えた座高婆が何ともいえない表情で
チャラ男と住職のやり取りを眺めているのが見えた。
チャラ男はふてぶてしく寝ころんだままだったので
座高が斬首の基準に届かず、手が出せない。むしろ、
背を屈めて正座している住職が、チャラ男の悪態に
我慢できず、激高して立ち上がってしまう可能性の
方が高かった。しかしそれを制止すべく席を立てば、
わしらも容赦なく首を斬られてしまう。明らかに非
があるのはチャラ男の方なのに、にっちもさっちも
いかず歯痒かったが、やがて…… 」
「だいたいよう、いい年こいた耄碌爺が、こんなクソ
つまらない子供騙しのお化け映画を、わざわざ金を
払って見に来て、偉そうに説教ぶっこくなっての!」
「こ、子供騙しやとっ? もういっぺん言うてみい!」
「まずかった。自分のことはともかく大好きな映画の
悪口を言われて、ついに住職の堪忍袋の緒が切れた。
住職は怒りにブチ切れて、立ち上がってしまった!」
「そこに座高婆の鎖鎌が飛んできて、住職の首を!?」
「斬らなかった」
「え? でも……」
「住職は、生まれつき身長が低くてな、立ち上がって
背筋を伸ばしても、1メートルと少ししかなかった。
斬首の高さに足りなかったか、温情が働いたのかは
分からないが、とにかく住職の首は斬られなかった」
「良かった。では住職は無事で…… 」
「それが、無事では済まなかった」
「えええええ? どうして!?」
「…… しぇしぇしぇ『シェラ・デ・コブレの幽霊』の
どこが子供騙しじゃっ! あんまりに恐ろしいので
上映中止になった伝説の名作やぞ。おまえみたいな、
あおあおあお、青二才が……あお、あおあお、あお……」
「うっせえ爺だなあ。だったら言うけどよ、爺…… 」
「あおあおあお、あお、あおあおあお…… あお 」
「何だよ “あおあおあお” って、アシカみたいに…… ?
おい! どうした爺さん? 大丈夫か、顔色が…… 」
「あおあおあお、あお……あお、あお…… あお…… 」
「異変に気付いた映写技師が映写機を止め、場内照明
を点けた。これで座高婆は姿を消す。わしらはすぐ
に住職とチャラ男の席に駆け寄った。血の気の多い
常連が寄ってたかってチャラ男を袋叩きにする傍ら
で、わしは倒れた住職を助け起こし、声をかけたが
…… ダメだった。すでに事切れていた」
「そんな……!」
「死因は脳内出血と心臓発作…… 好きな映画を馬鹿に
され、いつになく激怒したらしい。頭に血が昇って、
心臓にも過剰な負荷が掛かったんだな」
「何とまあ、気の毒な…… 」
「それからだよ…… この劇場に、座高婆だけではなく、
あのスマホ爺が現れるようになったのは…… 上映中
にスマホを使っていると、すぅっと目の前に現れて、
スマホの電源を切るように注意してくる…… しかし、
君も見ただろう? 注意しているときには、すでに
もう犠牲者の両手は園芸鋏の刃に挟み込まれていて、
口上を終えると同時に斬り落とされてしまう」
「ちょっと理不尽ですよね。注意されて慌てて電源を
切ろうとしても、あれでは間に合わない…… 」
「穏やかそうに見えて住職は案外気が短かったのかも
知れない。関西弁でいうところの“いらち” の気性だ。
しかし上映中にスマホを使っている時点で明らかに
マナー違反、情状酌量の余地はないということだな」
「なるほど…… それであの園芸鋏は、もう一つの趣味
という、境内の樹木いじりに使っていた…… 」
「そうだ。最初の出現であれは住職の霊ではないかと
推察した常連がお寺を調べたら、物置から血まみれ
の園芸鋏が出てきた。樹木を剪定させたら植木職人
も顔負けの腕前だった、住職ならではの凶器だな」
「そういえば今日も最後に現れましたが、座高婆との
関係は? 和気藹々と仲が良さそうでしたが……」
「それがなあ……」
「はい、どうかしましたか?」
「言うまでもないとは思うが、一切他言は無用だぞ?
常連の間では、住職を死なせて、妖怪に転生させた
のは、実は座高婆ではないかとずっと囁かれている」
「ええっ!? そんな馬鹿な…… 何を根拠に?」
「君も見た通り、場内の座席が全部リクライニングに
なっていただろ? あれはオーナーの英断に、この
街の市議会と警察が全面協力して実現した、座高婆
対策だ。あのシートなら仮に寝転ばず座面に胡坐を
掻いて座っても、座高が斬首の高さには届かない。
あれのお蔭で年に一回か二回は発生していた首斬り
騒ぎが全くなくなった。しかも劇場が閉鎖された訳
ではないから、地縛霊的な属性もあるらしい座高婆
は、もうここから他の劇場に出張できなくなった」
「どの劇場も安全になったんだ。見事な解決策ですね」
「…… 人間にとってはな」
「はい?」
「考えてもみろ。座高婆にしてみたら年に1~2回の
斬首は、亡くなった娘の供養のためなのに、それが
完全に封じられた…… モヤモヤするんじゃないか?」
「まあ、そう言われれば…… 」
「毎年、映画の日には必ず、開場前に関係者が集まり、
座高婆とその娘の霊を慰める式典が行われていた。
そのとき読経していたのがあの住職だった。住職は
座高婆の悲劇を心の底から気の毒に思い、憐れんで、
いつも読経しながら、ハラハラと落涙していた」
「そんな優しい住職を死なせたんですか、座高婆は?」
「死なせたとは人聞きが悪い。仲間に引き入れたんだ」
「いや、同じ意味では?」
「これもまた、どこまでもわしら常連の想像だ。妄想
と思ってくれても構わない。リクライニングシート
のせいで、不届き者の首を斬って娘に捧げることも
できず、さりとて他の劇場にも出張できない座高婆
には、徐々に欲求不満…… ストレスが溜まっていた。
そして映画の日、読経しながら落涙する優しい住職
に目を留めた。この人ならば、私のこの苦悩を理解
して、解決策にも協力してくれるかもしれない」
「解決策って……」
「座高婆は幻の名作『シェラ・デ・コブレの幽霊』が
上映されることを知って、ネットのチケット予約を
霊的に操作した…… 」
「いや、ちょっと待って! 操作ってどうやって!?」
「霊的にだ。貞子だってVHSビデオテープに霊的に
映像を録画したのだ。座高婆にできないはずがない」
「だって『リング』はどこまでもフィクションで…… 」
「それ以上言うな! とにかく座高婆は霊的に住職の
隣の席にチャラ男を引き入れた。チャラ男が上映中
にスマホを使うことも、マナーに厳しい住職がそれ
を注意することも、注意されたチャラ男が反発する
ことも、高血圧と糖尿病で住職の心臓が弱っている
ことも全て、座高婆には織り込み済み…… つまり、
何が起こるか、完璧にお見通しだった。霊的に……」
「それって、巧妙な計画殺人ではないですか?」
「人間の立場からすればそうだが妖怪の立場では違う」
「でも死なせたんでしょ? 恩を仇で返したんじゃ…… 」
「妖怪的には逆に恩返しだろう。一度死んだからには、
もう二度と死なない。いわば永遠の命を与えたのだ」
「物は言いようだなあ」
「息を引き取り冥界で目覚めた住職に座高婆は切々と
心情を伝え、きっとこう持ち掛けたに違いない……
“おまえも妖怪にならないか?”」
「えー。それって、あれのあのキャラのあの台詞を…… 」
「生前から座高婆に深く同情を寄せていた住職は快く
受け入れた…… こうして“スマホ爺” が誕生したのだ」
「でも、正体が住職だと分かっているのなら、普通に
住職と呼べばいいじゃないですか。なんでわざわざ、
そんな取って付けたような、変な名前で…… 」
「妖怪だからな。座高婆と並べると、スマホ爺という
呼び名はたいへんに据わりが良いし、覚えやすい。
この劇場の常連の総意による、公式な命名だ」
「はあ…… まあ大体の経緯は分かりました。座高婆に
首を斬らせるためスマホ爺がマナー違反の客の手首
を切ってそいつを立ち上がらせ、頭を高い位置に…… 」
「そうだ。霊的に絶妙の連携プレイだ」
「しかしスマホ爺が腕を切っても、今日みたいに必ず
被害者が立ち上がるとは限らないのでは? 中には
ショックと痛みで蹲る客も…… 」
「それがな、両手首を園芸鋏で切り落とされた人間は、
なぜか反射的に立ち上がってしまうんだ。これまで
一人も例外はなかった。理由は分からないが全員が
立ち上がった。君も切られてみれば分かる」
「なんておっかないことを言うんですか」
「わははは。まあリクライニングシートに横たわって
上映中にスマホを使わなければ、つまりマナーさえ
守っていれば、安全で快適な鑑賞は保証されるわけ
だから、君もこれに懲りず、また来てくれ。ここの
番組編成は、歴史的な傑作・名作が目白押しだぞ!」
「はあ、それはまあ…… そうだ、最後にひとつだけ……」
「何だね?」
「あのオタクは入場時にスマホを回収されず、預かり
札も渡されなかったんですよね…… 上映開始直前で、
入口にはスタッフがいなかったんでしょうか?」
「いや、今のこの劇場では、チケットのQRコードを
スタッフがアプリで読み込まない限り入場できない。
スタッフはいたよ。優秀で礼儀正しいスタッフがね」
「では、そのスタッフは、オタクからスマホを預かる
のを、うっかり忘れていたと…… ?」
「行き届いたスタッフだ。そんなミスはしないさ」
「だったら、なぜ……? 」
「お盆だからな」
「え?」
「盆と正月…… 年に二回だけ、そういう日があるんだ」
「そういう日って……?」
「そういう日さ。座高婆とスマホ爺を懇ろに慰霊して、
荒ぶる魂を鎮めるべく、気前よく饗応する日だ」
「では私の隣が空席だったのも、ネット予約に霊的な
…… いや、人為的な操作があったということですか?
最初からあのオタクを、あそこに座らせるように…… 」
「さあ、どうだろうな」
「つまり、あのオタクは、座高婆に捧げる、生贄…… ?」
「君がそう思うならばそうかもしれない。まあとにかく、
今はうまくいっている。くれぐれも他言は無用に…… 」
「あの…… 本当にあと、ひとつだけいいですか?」
「最後と言ったくせに、まだ何かあるのか?」
「揉めた挙句に住職を死なせてしまったチャラ男は、
常連から袋叩きにされるだけで、済んだんですか?」
「ああ、その日はね」
「では…… 後日に?」
「劇場から、揉め事のお詫びとして招待券が送られた。
痛い目に懲りてもう来ないかとも思ったが、そこは
さすがチャラ男だ、全く警戒せず喜んでやってきた。
下にも措かぬ丁重なおもてなしに、ご満悦だったな。
もちろんスマホの持ち込みもOKだった。あの日の
上映作品は、確か『妖婆・死棺の呪い』だったかな?
上映中、またもチャラ男のスマホに着信があった…… 」
「ああ先輩、ちいーっす! ええ、今日も映画館っす。
ほら、ホラー見てたら爺と揉めて、爺が心臓発作で
死んじゃったあの小屋。あんときおれに迷惑かけた
お詫びだって、劇場が招待券くれたっす。今日のは
何かお化けがいっぱい出てくるロシアの映画らしい
っすけど、ロシアって映画とかも作ってたんすねえ、
知らなかったっす! はい、何すか? 爺? えー、
また爺が来るんすか? 本当にここって爺だらけの
映画館っすね! また揉めて死なせたらヤバイなあ、
あははは! あれ? 先輩? ちょっと聞こえな……
もしもーし! もしもーし! おかしいな…… ん?」
「…… あんたぁ…… スマホ、切りなはれや…… ? 」
「え……?」
「スマホ切らなんだら、あんたの手ぇ、切りまっせえ!」
「ひいいいいいいいいいいっ!」
「両手を切られ、悲鳴を上げて立ち上がったチャラ男
の首を、座高婆の鎖鎌が切断してトドメを差した後、
例にないことだが、チャラ男の体は爺婆二人がかり
で、これでもかとばかりにバッラバラに切り刻まれ、
臓物と肉片骨片が場内に散乱、客席は大パニックに
なった。スマホ爺のチャラ男に対する怒りと恨みは
それほど深く激しく、ずっと首を斬ってなくて鬱憤
が溜まっていた座高婆も、それに乗っかった結果だ。
だから後始末が本当にもう大変で、劇場もしばらく
は休館を余儀なくされた程だ。その後は妖怪なりに
冷静になって、劇場に迷惑を掛けたと反省したのか、
切断と殺戮は無駄を省いて、ずっと手際が良くなり、
事に及ぶ際には必ずレジ袋を持参するようになった。
首や手首を剥き出しで運ぶと、血が垂れてしまって
通路が汚れるから、配慮するようになったんだな。
まあ今流行りの、SDGsというやつだ」
「それは違うんじゃないかなあ…… 」
「おっと、もちろんこの話も、他言は一切無用だぞ。
万が一ばらしたら、これからは座高婆だけでなく、
スマホ爺もタッグを組んでやってくる。あの劇場は
何だかんだ言って自分たちの縄張りだからか、必要
以上には荒らさないように心掛けているみたいだが、
その反動もあるのか、他の場所に出張したときには、
座高婆もスマホ爺も箍が外れて暴走するので、現場
は酸鼻を極め、阿鼻叫喚の巷と化してしまうらしい。
だからくれぐれも…… くれぐれもだ。どこの誰にも、
座高婆とスマホ爺のことは、言ってはいけないよ…… 」
いかがでしたか?怖いですねスマホ爺!(あと座高婆)
皆さんも、映画館では上映前に必ず、スマホの電源を
OFFにしませうね…… しかし書いといて何なんですが、
どうなんでしょうね、全席リクライニングの劇場って。
スクリーンの位置をかなり高めにしないと、後方席は
かえって見づらくってしんどいんジャマイカ。あと、
座り方とかスマホとかは確かにマナーの問題ですが、
上映中にトイレに立つのは、マナー違反とはちょっと
違うかもだと考える次第です。私は映画大好きなガチ
映画クズで、劇場では尿意がなくとも念のため上映前
には必ずトイレに行きますが、生理的欲求ですからね、
我慢できず、行きたくなる場合もあるかもだ。座高婆
はトイレで席を立つのも許さず首チョンパするのか、
或いは、これはまあ仕方ないと見逃してくれるのか?
(ちなみにボンタン飴とかシューマイとか鑑賞前にモチ
米系を食べとくとかなり長丁場の上映でも余裕で尿意
を抑えられるそうな…… レッツ・イート・モチゴメ!)
あとエコルン「バーニング」も「シェラ・デ・コブレ
の幽霊」も「ファンタズム」も不勉強でまだ見てない
のですが、「妖婆・死棺の呪い」は幼少時にテレビで
見て怖くて夜中トイレに行けずオネショしました(既出)
ガチ怖いと評判の「シェラ・デ・コブレの幽霊」ぜひ
劇場で見てみたいわん!どこかで上映してクレメンス。
「バーニング」「ファンタズム」もよろしくメカドック。
いやあ、映画って本当にいいものですねっ♪