18.バカップルだと思われますよ
アーネストと毎晩のように話す事で、私と彼の距離は縮まったように側からは見えるだろう。でも、きっと彼は自分と私の価値観がかけ離れていることに気がつき始めている。
私の本質を知る事で、彼がどんどん私に幻滅して離婚を言い渡してくれればこの作戦は成功だ。
王宮に向かう馬車の中、アーネストは私の髪を撫で付けながら肩に手を回して来る。
彼と毎晩隣り合って手を繋いで眠る事で、少しずつ彼への恐れもなくなってきた気がしていた。
「ソフィア、今日は夫婦として出席する初めてのパーティーだね」
私の用意した若草色の礼服を着たアーネストが輝いている。
私は朝から湯浴みをし、精一杯着飾ったが彼の隣だとその辺に生えている草にしか見えなそうだ。
彼と並んでペアの若草色のドレスを着ていると、前回彼を騙し討ちして辱めた記憶が蘇った。流石に、死の恐怖があったとはいえ私を好きだと言ってくれる彼に対して失礼過ぎたと今は反省している。
「そうですね。ブラッドリー・マゼンダ王子殿下もやっと成人できるのですわね」
私がくすくす笑っていると、私の頬に手をやってアーネストにキスされた。
毎日のように何度も彼のキスを受け入れている。
キスする度に彼の愛が重くなる訳でもないから、避けたりして喧嘩になるよりずっと良いだろう。
「ブラッドリー王子殿下とは交流が長いのか?」
アーネストに聞かれて、ブラッドリー王子を思い浮かべる。彼の事は実はよく知らない。ただ、私が彼を離婚する為に利用した事で、記憶を残した死に戻り仲間に引き入れてしまった自覚はある。
「いえ、貴方や他の貴族と同程度にしか彼のことは存じ上げませんわ」
「彼は失礼だけど男にしては可愛いから、君の好むところではないかと心配なんだ」
「ふふっ、ヤキモチですか? 嫉妬するだけ時間の無駄ですわ。ブラッドリー王子の持つものとアーネスト様の持つものは全く違うのですから」
「ソフィアらしい考え方だな」
私の頬を愛おしそうに撫でながら優しい声で彼が呟いた。
私は平然とした顔で彼と会話をしながら心臓はバクバクだった。
『可愛さがあれば君に愛されたのか?』⋯⋯私を前回殺す前に彼が私に言った言葉だ。
彼は死に戻った記憶はないと思っていたが、本当はあるのかもしれないと疑い始める。
もし、私を殺した記憶がありながら平然と私と接しているのだとしたら化け物だ。
「ペリドットのネックレス⋯⋯とても似合っている」
「よくこのネックレスの石がペリドットと分かりましたね」
ペリドットはエメラルドとよく似ていて石に精通している人間でないと見分けがつかない。
「このような薄暗いところでも強く光っていて、ややブラウンがかってるからな」
「石にお詳しいのですね」
「ソフィアの事を知りたかったからね」
私が宝飾品店を経営しているからという事だろう。私が宝飾品店を経営しようと思ったのは、宝石が『富』の象徴だからだ。前世で幼少期貧乏に苦しんだ私は宝石に憧れた。宝石のチラシの指輪を切り抜いては指にはめて、いつか本物を手にしたいと願っていた。
前世の貧乏な子供時代の夢を叶えた事に胸が熱くなっていると、また顔を上げさせられキスされた。
「アーネスト様、流石に口付けをし過ぎです。人前では絶対にやめてくださいね。バカップルだと思われますよ」
「俺はソフィアを愚かな程に愛しているから、そう思われても構わないよ」
嬉しそうに微笑んでいるアーネストを見ると、彼の笑顔を守りたい気持ちになってくる。きっと、この世界の創造主もそのような気持ちで彼の為に時を戻していそうだ。
「『夫婦の愛』⋯⋯ペリドットは愛を象徴する宝石で浮気防止にも役立つらしいよ」
「私は浮気なんてしませんわ」
浮気どころか本気の恋すら自分はできていないのではないかと、アーネストを見ていると思ってしまう。
「本当に? 俺だけを見つめてくれる?」
「はい。アーネスト様も私を知ろうとしてくれているのだから、同じように私も貴方を知りたいと思ってますよ」
ある意味私は今アーネストの事だけをよく観察し、離婚に向けて行動している。私の事をよく知れば、初恋の幻想など冷めるだろう。私は年から年中、金をいかに稼ぐかを考えているような人間で、ロマンチストの彼の相手には不向きだ。
「宝石について調べる度に、ソフィアに近づけた気がしてな。ペリドットは東洋の国では結婚2周年に贈ったりもするらしいぞ。一途な愛の象徴として夫婦円満をもたらしてくれるらしい」
彼は私の瞼にキスを落としながら、ペリドットについて説明して来た。
結婚2周年をアーネストと迎えるなど全く想像できなかった。
その前に、私が彼から逃げ出す事に成功するか、彼が私を殺すかのどちらかだ。
王宮に到着して、アーネストは完璧に紳士的なエスコートをし、ブラッドリー王子のバースデーパーティーの会場まで連れて行った。
すれ違う人たちが、皆アーネストを振り返って見ている。
私の方が着飾っているのに、彼そのものが宝石のような存在だから仕方がない。
バースデーパーティーの会場には既に多くの貴族たちが到着していた。
白髪に青い瞳をしたウェズリー・マゼンダ国王と、マチルダ王妃は既に玉座についている。本日の主役のブラッドリー王子の席はウェズリー国王の隣にあるが、側室である彼の母親の席は王族の末席だ。
会場に到着すると、すぐに本日の主賓であるブラッドリー王子が入場して来た。勲章が連なった真っ白な礼服がとてもよく似合っている。
本日彼が着ている礼服はマゼンダ王国に1店舗だけある私の経営するアパレル品店のものだ。新しく始めた事業で宝飾品店のように知名度はないが、見る人が見れば礼服に施してあるサファイアのデザインの特徴で私の店のものだと分かるだろう。
可哀想な事に、ブラッドリー王子の誕生日の挨拶を会場にいる殆どの人間が聞いていない。
皆の関心はウルスラ・ドゥーカス侯爵令嬢と婚約破棄したばかりの彼が誰を婚約者として指名するかだ。
やはり王族と関係を結ぶ事に価値を見出している貴族も多いため、令嬢たちは今日は一段と着飾っている。
「アーネスト様、せっかくだから賭けをしませんか? ブラッドリー王子が誰を婚約者として指名するか当てっこするのです? 勝った方が、負けた方の言うことをどんな事でも1つ聞くのですよ。ちなみに、私はウルスラ・ドゥーカス侯爵令嬢に1票です」
私はブラッドリー王子がウルスラ嬢を指名する事を繰り返す時の中で知っているのだから、この賭けはフェアではない。
そして、ロマンチストのアーネストは人の婚約を賭けのネタにする私を軽蔑し幻滅するだろう。
「ふふっ、ソフィアはいつも遊び心を持っていて素敵だな。俺はブラッドリー王子は誰も選ばない事に賭けるよ。成人王族は婚約者がいなければならないと言う暗黙の約束はあっても、結婚は愛する女性とするものだと大人になった彼なら気がついているはずだから、こんな風に急かされて運命の相手を決めたりしないはずだ」
アーネストが優しく微笑みながらロマンチスト全開の語りをしてくる。
彼の声は低く柔らかで、側で囁かれると耳の奥の鼓膜が擽られている気分になる。
周りの貴族令嬢はアーネストの声は腰に響くと言っていたが、私は普通に耳に響く。
ブラッドリー王子は誕生日の挨拶を終えて、いよいよ婚約者発表の式事になった。
「はぁ、皆、僕の誕生日の挨拶を聞いてなかっただろう。重要な事を聞き逃した事を後悔するといい」
なぜかブラッドリー王子は謎の前置きをした。
私も彼の挨拶を聞いていなかったが、周りも同じだったようで少し騒つく。
「皆がお待ちかねの婚約者発表だが、僕は誰とも婚約するつもりはない。しばらくは、ソフィア・グロスター伯爵夫人と二人三脚で王家の立て直しに注力しようと思う」
ブラッドリー王子の宣言に、一斉に私に注目が集まる。
隣にいるアーネストが明らかに殺気に満ちた目でブラッドリー王子を睨みつけていた。
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