第8話 ユーリーン達は浮かれ気分で終始の8話、しかし魔族の脅威は近付いている
ユーリーンはニキの打ち明け話を聞いてから、すっかり打ち解けた気分だった。4歳の頃の記憶は全く無かったのだが、名言を吐いたせいでニキの機嫌が良くて、細々とした記憶の追及はされずに快適な日々を過ごしていた。
ユーリーンの解釈はそんなだったが、ニキはユーリーンの笑い方が、愛想笑いでは無くて、幼い頃の無垢な笑い顔に戻った気がしていて、彼もすっかり満足していた。ユーリーン本人は笑い顔に変化があったとは気づいてはいない。お互い満足していて新婚さん気分、マックスである。
そんな時、イチが、そんな気分をもっと上げるアイテムを配達にやってきた。寝室のテレビを暇つぶしに見ているユーリーンを、ニキが呼んでいる。最近ユーリーンはニキが呼んでいるのが分かるようになって来た。テレパシーだと思っている。ニキの仕事部屋から寝室のユーリーンに送られるテレパシーだ。実の所は、ニキは少し声をはり上げて呼んでいた。かすかに聞こえる呼び声を聞いているはずだが、能天気なユーリーンはテレパシーと思っていた。こういう所、ニキに好まれるアホ可愛い所である。
ぼんやりしていてイチの訪問には気付いていないユーリーン、何の警戒も無く、ニキの部屋に入る。
「あっ、イチがいる」
と驚くが、気を取り直し、
「あら。いらっしゃい、先日はどうも・・」
と口籠るうちに、部屋の真ん中にある、セピア公国の有名ブランドのマーク∞の袋を目聡く見つける。いやでも目に入る位置にあるのだが、話題を変えることが出来た。
「あら、これって、インフィニティの袋、あたしの?ここはレディース専門だから、あたしので間違いないはずよね」
「おっしゃる通りで、奥様」
「きゃはー、ちょっと失礼」
嬌声が思わず出て、袋を掴み中を覗く。間違いない、ユーリーンのサイズの高級ウェアの数々が入っている。どれを見ても最高級バージョンのセンス良いジャージだ。ジャージと呼ぶには気が引ける高級品だが、ジャージで間違いはない。セレブが着て、昼間にショッピングとかに気安く出かける時のものだ。以前、南ニールの美容サロンの雑誌にも乗っていた。目を光らせニキを見る。
「これ、あたしのよね。ニキがプレゼントにくれるのよね。あたしので間違いないね」
しつこく何度も確かめる。
「そうだよ、確かに」
ニキも笑いなが念を押してくれた。イチが口を押さえて笑いださないようにしている。
「きゃー」
と叫びながら、部屋を出た。これ以上ここに居ると醜態をさらす事に気付き、寝室に走る。着替えて鏡を見なければならない。
袋から出してしっかり見ると、やはり∞の中でも最高バージョンの、セピアの大金持ちの女が着る普段着で間違いない。ユーリーンは思った。これを着れば、あのショッピングセンターをうろつくことが出来る。あの流行無視のワンピースではニキが横にいないと、少し恥ずかしかったが、これならどこの店にだって大手を振って買い物に行ける。一人でも行ける。行って見せる。一番恰好良いと思う白にピンクの流系の線が入ったジャージを着て鏡を見た。この髪では駄目だと分かった。美容サロンに行くべきだ。しかしメイク無しでは決め髪にしてもらえるとは思えない。だが、この髪でメイク用品の売り場に行けるだろうか。どちらの店が先か迷ってしまう。それにミュールが要る。あの、流行無視の靴は履けない。いくら高額であっても、この流行先端には合わない。せめてサンダルがあればよかったが、この北ニールはそういう所、南ニールよりも遅れていると思った。寒くてサンダルの需要が無いのかもしれないが。買いに行くしかない。セピアに買い物だ。ニキを煽てて連れて行ってもらう。決心したが、窓から外を見て、イチがまだ居るのが分かった。ユーリーンは、彼に、買って来てくれたお礼を言うべきではないだろうかと思った。今後の為にあいつも煽てておくべきだとも言える、でも、彼はニキの買い物係なのかもしれない。それなら黙っていた方が良いかも。これはユーリーンの予想であり、ニキに聞いてみないと。それからすべて試着し、意外と一番派手なビビットレッドが似合う気がした。
「どう、あたしって美人と違う?」
鏡に向って言ってみた。
こういう色のは美人が着ると、似合うものじゃないだろうか。ビビットレッドを抱きしめて思った。
そこへニキがニコニコとやってきた。
「どう、丁度良かったかな」
「ニキ、あたし美人みたいよ」
「それは、僕は知っているけれど、ユーリーンは今気が付いた?」
「うん、このビビットレッドが一番似合うと思うの。美人だからなの」
「そうだろうね、で、全部来てみたようだね。サイズこれで大丈夫だった」
「うん、全部良い。ひょっとしてイチさんは買い物係なの」
「ふふ、そう言った事もしてくれるね。セピアに居る友達だ。サイズが良いかどうか気にしていたから、丁度良いって言って来よう」
「あたし、ニキのお友達に、買って来てくれたお礼言った方が良いんじゃない」
「ユーリーンが、あいつに?それはやめた方が良いな。あいつは勘違いさせたら面倒だからな」
「ふうん」
「言っておこうかな、僕以外の奴に愛想よくしたらいけないよ。魔人の男は勘違いしやすい生き物だからね、憶えていてね」
ニキは頭を撫でて出て行ったので、確かめておいて良かったと思った。
ニキはイチの所に戻ると、
「サイズは合っていたよ。気に入っている。世話になったな」
「お前、段々柄にもない事を言い出しているぞ。浮かれすぎている。気を付けろよ」
「大きなお世話だ。気に食わない奴だな」
「気に食わなくても、言っておくが、グルードさんがユーリーンを探し始めた。ここに居る事は分かり切っていそうだが、ガイルが手に入れたがっているのだろうな。恍けているんだろうが、ガイルに知られれば画策して来るだろう。気を付けろよ」
「見つけたところで、結婚してしまったから手出し出来やしない。グルードのお館様が魔力を開放したら、北でも南ででも国の半分は瓦礫と化すと本人が言っている。ほらで無けりゃユーリーンに近づくはずはない」
「ほらほら、お前やっぱり浮かれているぞ。結婚前は彼の言う事は、ほらだと言っていただろう。城勤めがしたくないのだろうと言っていたくせに。信用した方が気楽だからな。お気楽モードになっているんじゃないか」
「いいや、国の半分と言うのは大げさかもしれないけれど、かなりの広さに居る生物が死に絶えると思う。近くにいて、すさまじいパワーを感じた。抑え込んでいるはずだが、俺でも1メートル以内に近づくのは無理だ。ユーリーンは引っ付いていても平気そうだったな。気が付いていないけれど、ユーリーンは能力を普段出していない。出せばかなりの力だろう。二人は能力の属性が合っているんだが、三親等では近すぎるのだろうな血筋が。きっと拗らせているはずだ。ガイルを近づけたりするものか」
「よくお前を結婚相手に認めたな」
「当時、王と王妃が認めたから、仕方が無かっただろうよ」