第5話 新婚二日目に突入中、取り繕いようもないユーリーンの性格が遂に露呈したのか
いつの間にか眠ってしまったユーリーンは、昼寝で見ていた夢の続きの様な夢を見ていた。
[まだ子供と言える若さの男が大きくて狂暴そうな魔物と戦っている。ユーリーンは恐怖で泣き叫んでいるようだが、声も音も聞こえない。夢の中で、音声が聞こえない夢だなと思っている冷静さだ。そして冷静な自分は、この男の子はニキみたいだと思う。似ているし。と言うよりニキ本人のようだ。本人で間違いはない。泣きながら見ていると、子供のニキは手から何やらビームの様な光線を出し、それに当たった巨大な魔物は、ブワッとはじけて死んだ。ひぇー、ユーリーンは一層激しく泣く。内心、冷静にこれは気持ち悪くて泣いていると思う。ニキの全身は魔物の内臓か血か分からないドロドロしたものがかかって、ドロドロまみれになっている。いやな予感で激しくなく自分。ニキが、満足そうにユーリーンの居る場所にやって来る。吐きそうな臭いまでして来た。これは不味いと思うが。動くことは出来ない。『どう、やっつけたよ』と得意そうな様子が分かるが。『鏡を見ろ』と言いたい。しかし、夢の中のユーリーンは泣くばかりでそれを言っていないようだ。鏡の意見は夢を見ている大人のユーリーンの意見らしい。ニキはユーリーンに手を差し伸べた。『あほう』と思いながら、やっと後ずさりしている小さな自分。ピンチである。強烈な悲鳴が聞こえた]大人のユーリーンの叫びである。自分の声で目が覚める事となる。
横に眠って居たニキも驚いて飛び起きた。
「どうしたの、ユーリーン」
「ごめんなさい、大声出して。怖い夢を見たみたい」
大人のニキを見て、ばっちい子供のニキに悲鳴を上げたとは言いにくく、ごまかした。
「どんな夢だったの」
聞かれても、「さぁ」と覚えていないふりをして、寝なおした。実際眠くて説明できなかった。
朝になって、熟睡出来ていて機嫌よく目覚めるユーリーン。横のニキはご機嫌とは言い難い。夜中の悲鳴でおこしてしまっていた事を思い出す。この顔では、あれから眠ってはいないのが察せられた。バツが悪いが夢の説明をすれば、なお一層バツが悪くなりそうなので、気が付かないふりをして、
「おはようニキ」
とにっこりして、気付かないふりで押し切る事にした。機嫌良く洗面所に行き、戻ってみたが、ニキはまだベッドで不機嫌そうだ。観察して、不機嫌と言うより、萎れているのが分かった。考えて、
「昨日は先に眠ってごめんなさいね」
とにっこりして機嫌を取ってみた。
「そんな事、構わないから」
ニキもにっこりして、しおれているのをごまかしている。これで良いかなと思っていると、
「夜中、うなされていたでしょう。どんな夢を見たの」
やはり追及される。安眠出来なかったらしいので、仕方なく一応内容を話す事にする。
「聞かれたから仕方なく話すけれど、夢だからね。気にしないでよ」
と念を押しておく。そして夢の内容を説明して、
「すごくばっちくて、触られそうだから、私は夢の中では小さい子みたいで、触らないでとか言えなくて、何だか大騒ぎしていたみたい。変な夢だったけれど、夢の話だから。別にニキを嫌がって叫んだわけじゃないの。ばっちい手で触られると思ったの。分かってくれるでしょ。夢なの。きっと魔物の話で変な想像を無意識にしていたんだと思うの。そういう事ってない?あたしは想像する事が普通の人と違うみたい。憶えていてね、気にしなくて良いけど。」
この説明で分かってもらいたかったが、様子を窺うと不味い事にいっそう萎れて来た。これ以上はユーリーンとしてはどうしようもない。
ニキは、ぼうっと洗面所に行った。残されたユーリーンはため息をついた。
「やれやれ、もう知らないっ。絶対責任は感じない」
そう宣言したが、今日の朝食はユーリーンが作ってみようかと思った。ニキが作り出すのは当分後の様な気がするし。
キッチンに行って昨日のお昼のハムサンドを真似して作った。出来栄えを確かめるためと言う事にして、ひとつ食べておいた。何にせよ、チェックは必要だと思う。ティーセットを持って行くにはワゴンに乗せなければならないので、出来ないからサンドイッチだけにする。お皿に盛って寝室に戻るが、ニキは洗面所にまだ籠っている。
ユーリーンは新婚だし、気を使うべきなのではと思い、呼びに行ってみる事にした。
「ニキ、サンドイッチ作ってみたの。一緒に食べましょうよ」
洗面所のドアを開けると、ニキは顔を洗っていた。まさかずっと顔を洗い続けていたのだろうか、目や鼻が赤い気がする。思いついてギョッとした。『泣いていたの・・・』声も無く見つめていると、
「ありがとう、直ぐ行くから待っていてね」
タオルで拭きながら言う言葉はくぐもって聞こえた。間違いない。泣かしてしまったと自覚するユーリーン。友達と喧嘩して、言っては駄目な事を言って、傷つけて泣かすことは、幼い頃から何度かあった。ユーリーンの歴史のノートにまた一つ追加してしまったと思った。『新婚二日目に夫を泣かす・・・』
寝室の小さなテーブルにサンドイッチを置いて、しばらく待つが、なかなか出て来ない。味見の一個ではもうもたない気がして来た。目の赤いのが引くまで籠っているつもりかもしれないが、もうばれていると言いに行こうかと思う。それも、どうかと思える態度と分かっているが、ユーリーンは時々抑えが効かなくなる。
洗面所を開けて、
「もう泣いているのバレてるからっ」
と宣言した。
ニキはまだ涙ぐんでいて、
「そうだろうね、ごめんね」
「いいから、もう食べてくれない」
「お腹がすいたね。待たせてしまったね。すまない」
「謝らなくて良いから、食べてね。言っておくけど飲み物は水よ」
「後で紅茶を持ってくるね」
そう言ってやっと出てきたニキ。萎れ易い夫を持った妻は、どういう態度が正解か分からないが、ユーリーンの今日の言動は不正解なのは分かっていた。
サンドイッチはユーリーンにしては上出来なのだが、ニキはお世辞でも『美味しいね』の一言が無い。ユーリーンの性格について、思う所があるのかもしれないと考えるが、もう構ってやらないと決心した。泣くなり、怒るなりしてもらって結構と開き直る。これが私なのだ。これからずっと暮らしていくらしいので、取り繕っても居られない。黙々と食べていると。魔法で紅茶を持って来て、入れてくれているニキ。しかし、ニキ自身が飲みたかったのだと思う事にするユーリーンである。黙って飲んでおく。ニキは黙って後片付けにキッチンへ行こうとしている。
キッチンはサンドイッチ作成に集中して、かなり取り散らかしていた事を思い出したユーリーンは、
「後片付けは私がするわ。片付けるまでが今日の朝食担当のする事だと思うの」
と言ってみるが、
「僕が人払いしたんだ。僕がするから良いんだよ。あなたのする仕事じゃない」
きっぱり言われて、そうだったのかと思った。どうやら今、ニキが始めから使用人を追い払っていたと、白状したようである。どういう事かさっぱりだが、一応、
「だいぶ散らかしています」
と言っておいた。
もしかしたら、しばらく戻ってこないかもしれないと思い、また部屋の中を探索する事にした。
すると、昨日は目にかからなかったが、セピアの運転免許証がデスクに転がっていた。これは、ユーリーンも、持っていた。以前セピアに旅行した時、持っていた方が便利だと、その時同行した友達に勧められて作っている。南ニールの免許証を見せて申請すると、30分ほどで作ってくれた。ニキのをよく見てみると、年齢は27歳で意外と年なのに驚いた。25ぐらいと思っていたのに、適当に申請したのだろうか。実はユーリーンの想像通り、ニキは適当に申請したのだが、想像とは逆に、もっと年上だった。まだこの時はユーリーンの知る由もない事である。
次に、本棚の横に引き戸があるので開けてみた。驚いた事にテレビがある。観察すると、セピア公国のメーカー製である。衛星放送をキャッチするタイプの最新型だ。きっとここでは衛星放送しか見られない筈だ。番組制作などする会社は無さそうだ。それにしても、やっぱりねと思う。こういうの買えるって事は、セピアとかなり親しく国交があるのだろう。南ニールはアホだと思った。魔法プラスセピア製兵器と、方や魔法無しのセピア製兵器では勝敗はあっという間につくはずだ。と言う事になると、やけに戦争期間が長かったのではないだろうかと、ユーリーンは思った。もう今となってはどうでも良い事に違いないが。考える気もしないので、テレビの横に置いてあるリモコンで、何を放送しているか番組表を見てみた。想像通り、衛星放送だけ見ることが出来る。ユーリーンがまだ見たことの無かった、セピアの最新の映画があり、それを見る事にした。
意外と早く、ニキが戻ってきた。
「テレビを見つけたね」
にっこり言うので、機嫌は直ったらしい。
「僕は、昨日居た部屋でする事があるから、ユーリーンはテレビを見ていてね」
と機嫌よく出て行った。少しほっとした。機嫌が悪いよりは、良い方が良いねと思うユーリーン。
しばらく映画を見ていたが、誰か来ているような気配がした。割と自分も感が良いのではと思って、窓から外を窺ってみた。玄関前にセピア製の高級車が止まっていた。南ニールでも、あまり見たことの無い高額の車だ。
移動呪文をとなえてうろつくだけではなく、高級車の交通手段迄ある。
ユーリーンはつくづく、南ニールにあのまま居なくて良かったと思う。あの国はどうなってしまう事やら。
3階からではあるが、しばらく高級車を物珍しく観察していると、持ち主らしきセピア公国特有のプラチナブロンドの髪の男が家から出てきた。帰るらしい。すると、ニキが、
「イチ、待て」
と呼び止めている。
ユーリーンはイチはセピア公国の苗字だけど、こちらではひとつと言う意味でもあるなと思っていると、ギョッとした。何だか彼のプラチナブロンドの頭の真ん中に角が一つあるように見えた。目を凝らして見ると、はっきり見える。彼は一角の魔人だと思った。ニキの方を振り返りながら、彼はチラッと、3階にいるユーリーンの方を向いた。見られたと思い、ユーリーンは慌てて窓から下がった。
イチはニキに振り返りながら、ニヤリと笑った。
「まだ何か用があるのか」
「あぁ、今度来る時に、セピアのスポーツウェアのブランドで、最近流行りのがあっただろう。レディースウェアので、インフィニティだったかな。それのLLを適当に持って来てくれないか。別に急がない。ついでで良いから」
「そうかい、遅ればせながら結婚おめでとうと言っておこうかな」
「何っ、結婚した等何も言わなかっただろう。どうして分かった」
「ジャージなんか未婚の相手に贈る訳ないじゃないか。それに今、3階からこっちを見ている人が居た」
「くそう、べらべら言いふらすなよ。奴らに気付かれたくない」
「気付かれるのは時間の問題だろう。せいぜい気を付けろ。じゃあな」
ニキはユーリーンが何だか誤解しているようなので、ジャージで機嫌を取ろうと思っていた。アイデアとしては最高だが、お互い勘違いをしているようだ。イチを送り出している時、ユーリーンの大声が聞こえた。
「きゃっ、ひぇー」