第3話 今日は王妃のママに会いに行く、その後の運命は爆上がり中
ピアに登城用の一張羅を着せてもらい、伯父さんに連れられてママに会いに行く事になった。乗り物の用意が無いので、何に乗って行くのかなと思っていると、移動呪文で王の私室の控えの間に直行だった。こんな事なら、別に一張羅でなくても良いのではと思ったが、王族に敬意は必要らしい。どちらかと言うと家臣の伯父さんがであり、私は伯父さんとセットで一張羅らしい。
控えの部屋でこっそり、伯父さんは最敬礼で、私は王妃の実子なので礼は要らないと伯父さんに言われた。なんとなく分からない伯父さんの立ち位置。伯父さんは家臣だからと説明されたが、ユーリーンの頭の?が分かった伯父さんに、また説明された。伯父さんの家に居る時は伯父さんが一番偉く、城の中では王と王妃とが一番で、その子であるユーリーンが次に偉く伯父さんはその下だと言う。分からないが、言われた通りにしておく。
伯父さんか最敬礼している時に、ユーリーンはポカンと立って、横目で伯父さんの様子を見ていた。伯父さんの頭、少し薄くなっている。一番年齢が上なのに、家臣なのかと感心して見ていた。
北の作法としては、身分の下の者が上位の者に話しかける事は出来ない。上位の者が話しかければ会話しても良いという許しが出たことになり、普通に話せるという説明もされていた。特に王族に対しては厳しく、作法を破れば護衛の騎士に連れられて退場となり、現王の二代前までは牢に入れられていたそうだ。伯父さんは現在はそれほど厳しくはなく、退場させられるだけだと言っていた。思えばユーリーン向きのルールと言える。ユーリーンは初めて会う相手に、気の利いた話など出来ない。最も苦手な事と言えた。そう言う訳で、聞かれたら話をするという比較的気楽な会見で、安心していた。
王と王妃はニコニコして、
「グルード、楽にしてくれ」
等と言いながら、時候のあいさつや、体調などやおそらくそういうお決まりのセリフを終え、王妃が話し出した。
「ユーリーン、大きくなりましたね。すっかり綺麗なお嬢さんになって、見違えるようです。噂で私によく似ていると聞いていましたが、お婆様の方にこそ生き写しのように思えます。王様、そうは見えませぬか」
「おお、王妃、よく気が付いたな。ユーリーンはお婆様にそっくりだ。王妃がお婆様似と言われておったが、その娘の方が三代前の王妃に生き写しとは、珍しい事もあるものだな。お婆様は特殊な能力が有ったのだが、ユーリーンはどうかな」
伯父さんは、
「そこまでは生き写しにはなりますまい」
と、何だか謙遜している感じである。何の能力やら。
相変わらずユーリーンは、皆の話をポカンと聞いていた。ユーリーンが口を挟む機会がない。
それで会話はポカンと聞いていたのだが、後ろに控えている、おそらく父親違いの弟らしき王子の世話役と思しき男に何故か引き付けられていた。黒髪で黒っぽい目、何だか鋭く尖った雰囲気でかなりのハンサム、だが優し気に王子ばかり見ている。王子の世話役なのだろうから、王子を見ているようではあっても、何故かユーリーンを故意に見ていない気がする。だが、見たくない訳では無さそうで、不思議な印象である。
結局、結論としてユーリーンは彼女にとっての曽お婆さんそっくりの顔立ちで、能力は別に何もないと城の皆には印象付けられた。因みに王妃と王は従兄妹同士で、二人とも先々代前の王の孫である。前国王も先々代前の王の孫であるという事は分かった。そして王の私室をお暇して帰ってきた。瞬間移動で、である。帰るとピアが待ち構えていたので、ユーリーンは、ドレスを指して、
「せっかく頑張ってもらったけれど、王の私室に直通だったよ。こんなの意味あったの」
と聞くと、
「でも、あの方がいらっしゃったでしょう」
「あの方って誰」
「まあ、お館様は何もおっしゃらなかったんですか。王子のお守役の、婿養子に来られるニキ様ですよ。王妃様のご実家の三男のニキ様です」
「げっ、あいつだったの。何だか気になる態度だと思ったんだ。ちっとも私を見ないし」
「まあっ、せっかくドレスアップしたのにぃ」
ピアはガックリしている。こっちを見なかっただなんて、言わなきゃよかったと思った、ユーリーン。ピアの頑張りが、あまり意味なかった件はショックだったらしい。
城から帰ってからは、伯父さんは用事があるらしく、夕食も自室でと言う事で、ピアととりとめも無い話をして気楽に過ごした。
翌日の朝食後、伯父さんに呼ばれて、普段着という事になっているドレスでひょろりと書斎に行ってみると、
「今から、婿が来ることになったが、ユーリーンはそのドレスで良かったかな」
と言い出した。
「昨日、一張羅は着てしまいましたけれど」
「二番目のは、有るかな」
「えーと、多分あります」
「そうか、今から来るからな。急いで準備してくれ」
「はい」
慌ててピアを呼び、二番目に良い奴を着ることになった。
「どうして、昨日の今日でやって来るのかな」
ユーリーンが不思議がると、ピアは、
「きっと、ユーリーン様がお綺麗なので、会いたくなったんじゃないかと思います」
「うふ。ピア、言うねぇ」
等とふざけながら準備し、髪をセットしていると、執事さんが呼びに来た。
「お婿様のお成りです」
「はいはい」
きっと伯父さまにせかされたと思い、慌てて客間に行ってみた。
客間に入ると、あいつは昨日と違って、何と言うかあまりの良い男ぶりでショックで眩暈がしそうだった。どういう訳だろうか。クラクラすると言うのが正直な状態である。だが、ふらつくのもみっともない気がして、すました感じで、
「お待たせしました」
等と言いながら、伯父さんの前に行った。部屋に入って最初にぱっと見た後は、出来るだけ彼は見ないようにする。昨日の趣旨返しではない、見たらくらくらする、目の毒だ。
「いや、良いんだ。では始めよう」
伯父さんがそう言うのだが、何が始まるのかという感じで様子を窺うユーリーン。
例の彼が、座っていたソファから立ち上がり、書類を出して伯父さんのデスクに広げた。細かい字で何やら書いてあり、細かくなかったとしても何が書いてあるかは分からない文字でさっぱり?であるが、最後にサインが二つあり19年前の日付で、ユーリーンの父親のサインがあった。もう一つはおそらく彼の父親のサインだろう。そして、もう一枚似たような訳の分からない事が書いてある紙があり、サインは無かった。
「ではお前達、自分でサインをしてくれ」
伯父さんが言うが、ユーリーンは思った。何が書いてあるか分からない場合、気安くサインはするなと、常々父に言われている。
「あのぅ、ここに書いてあるのは何ですか。私、学が無くて読めないですけど」
一応聞いてみる。
「ああ、これはね結婚の誓いの文言だよ。口語で結婚式の時に言うだろう。誓いの言葉を。それを昔の言葉で書いてあるんだよ。健やかなるときも病める時も愛し合うとか、一生添い遂げるとか、お互い助け合うとかね。それと、何が有ったかな」
伯父さんは、そう言いながら難し気な文章を見た。
「後は夫の方の誓いだな、妻を魔物から守り通すとか書いてある。そういう事だな」
「はい」
彼が返事をした。声まで痺れそうな感じがした。へえ、昨日チラッと見て、今日は結婚するのかと思い、ユーリーンは何処か他人事のような現実感の無さを感じていた。それでも、嫌だなという気分は感じられない。ユーリーンは気付かなかったが、婿の好意的魔力に酔わされている。
彼がサインをするので見ていた。『ニキ・ソルスロ』、今、彼の名を初めて知った。我ながら呆れる無関心さである。前に差し出されたので、ユーリーンも考え無しに書いた。『ユーリーン・グルード』すると何故か、胸の辺りがズキリとうずいた。少し変だなと思ったが、一瞬の事でそのまま普通にしていた。
「やっと、済ませたな。ほっとしたよ、二人ともやっとこぎつけたな。おめでとう」
伯父さんの物言いに少し不思議な感じがした。やけに感慨深げだ。ユーリーンは何故か少しつかれを感じていた。ニキがユーリーンに少しずつ近づいているのだが、ユーリーンは疲れていて気付かなかった。そして気付いた時は後ろから抱きしめられていた。びっくり驚くユーリーン。
「ひぇっ」
「今から新婚旅行に行きたいと思っています」
ニキが言った。
「そうか、どうぞ、どうぞ。休暇を取ったんだな」
「今まで貯めていましたから。丁度、30日あります」
「ふうん、一月か、かなり貯めていたんだな」
「代役の役周りの区切りが良いですから」
ユーリーンは二人の会話をぼんやり聞いていた。30日、はぁっ?数が頭に入って何となく聞き返したかったが、直ぐに抱きつかれたまま何処かへ連れて行かれた。移動呪文だ。
ニキに移動呪文で、知らない場所に連れて来られてしまった。誰かの部屋のような感じ、誰の部屋かは想像がつくユーリーン。はっと思いついて、
「私の荷物、用意していなかった。持って来てないよぅ。30日だってぇ」
騒いだが、
「大丈夫だよ。ああ言ってみたけれど、旅行じゃないし。旅行だと言っておかないと、帰って来いとか言われたくないだろう。要る物があったら僕が取りに行くから。ただし、あいつが寝てからだけど」
「すぐ、あるに決まっているじゃない。着替えとか、もうこれ窮屈だから脱ぎたいのに」
「脱いで良いよ、一人で出来ないの、手伝うよ」
「手伝わなくて良いから、ピアを連れて来て着替えと一緒に」
「ごめんね、他人を連れては移動出来ないんだ。ユーリーンとは、結婚したから移動できるけどね」
「うそだ、出来るはず。きっと連れて来たくないんだ。じゃあ、着替えをバックに入れて持って来てよ。今すぐ。これ脱ぎたいの、今すぐ」
「だから、俺が手つっ」
ユーリーンは何だかイライラしてきて、ニキをぐうで殴ってやった。思えば新婚早々、酷い態度の嫁だが、自分は悪くないはず。しっかり要求しないと、この彼の様子では流されて行くと思える。
「きがえー」
と叫ぶとニキは消えて、直ぐユーリーンの例のリュックを持って来た。
ユーリーンは思いがけない良い出来栄えに、にっこりした。実際リュックが良い。『こいつ、使える』
機嫌がよくなったと分かって、ニキもにっこりして、
「もう昼食の時間だな。用意させて来るから、待っていてね」
と、部屋から出て行った。
ユーリーンは袋の中から着古したジャージの上下に着替えた。少しかび臭かったので、治癒呪文を軽くかけると、匂わなくなった。よく使う技である。他の魔法の使い手なら、洗浄呪文を掛ける所だが、ユーリーンはそのやり方を知らないので出来ない。北で育っていれば学校で習うのだが、そういう普通の呪文を知らないユーリーンである。その後、部屋に置いてあるグルード家とは違って普通っぽいソファに座ると、すっかり寛げる感じだ。
「ふう、久しぶりにリラックスできるね。家ではこのジャージが一番だわ」
彼がなかなか戻って来ないので、だんだん眠くなってくるほどの寛ぎようである。
いつの間にか眠ってしまい、夢を見るが、夢の方は全然寛げない内容だった。
[すごく巨大な何階建てかのビルほどもある魔物と誰かが戦っている。何だか子供っぽい男だ。ユーリーンは夢の中で恐怖で大泣きである。しかし、何故かその誰かが巨大な魔物に勝った。内心ほっとするが、大泣きは止まらない。と言うのも・・・]
その時部屋のドアが開いて、ニキが戻ってきた。
「待たせたね、皆、僕が当分戻って来ないと思って休暇を取ったらしくて、使用人は誰も居なかったよ」
「え、じゃあそれニキ様が作ったのですか」
ワゴンに紅茶のセットと、ハムサンドらしきものが乗っていた。それをニキが自分で作って運んで来たらしい。ユーリーンも手伝うべきじゃ無かっただろうか。少し焦るユーリーンである。
「これぐらいならよく自分で作っているんだよ。味は気に入るかどうか分からないけれど。侍女の替わりが居なくてごめんね。夕食は町の店に行っても良いけど、あの服はひとりで着るのは大変だろうね。僕が手伝おうか・・・ちがうのを着る?分かった」
ユーリーンの眼つきで、ニキは察しの良い事である。
「とてもおいしいです。ニキ様、料理がお上手ですね」
お世辞ではなく本心のユーリーンは、ハムサンドを久しぶりにリラックスした気分で食べてしまった。
何故か此処へ来てからリラックス気分が溢れている自分を、冷静に観察したユーリーン。少し変では無いだろうかと感じた。