小話
ユーリーン・グルード、今日までで、ハイスクール2年生が終わる。明日からは快適に過ごせる。明日から年度替わりの長期休暇だが、それが理由ではない。
目障りな三年生のバカップルを拝むことがなくなる件、それを快適と呼ばずに何を快適と言えるだろうか。明日、卒業式があって、二年生は三年生を送ると言う行事があるのだが、ユーリーンは母が具合が悪いので参加出来無いと申告しておいた。嘘ではない。だが母親は毎日どこか具合が悪いと言っているのだが、そこの所は黙っておいても良いんじゃないだろうか。
機嫌良く一人、歩いて帰っていると前方に、明日から会う事の無いバカップルが居た。今日までは会う可能性があると思っていたし、別に構いはしない。
父親の二度目の結婚で母親になった女の兄の息子、血のつながらない従兄弟のカイザー・ガイルとその彼女ビリジアニが、何時ものようにユーリーンが一人で家に帰る途中の道に、必ず待っているのだ。そしてくだらない事を言って、二、三度小突いて走り去る。
ところが、今日は新しいセリフが入った。
「おいおい、ユーリーン、いくら俺様に気があるからって、親父を顎で使うとは頂けないねー。俺に直接言ってくれりゃ。俺だって女性からのお誘いを無下に断るほど、無粋じゃないんだ。だけど、親父がらみはな、ちょっとOKと返事する気にはなれないなー」
ユーリーンにとってもこのカイザーの台詞は頂けない。
「カイザー、何いかれた事言いだすのさ。あんたは明日卒業と思ってあたしがどれだけ嬉しい事か、もう会う事は無いと思っていたんだ。でも、今日までは仕方ないかと思っていたんだけどね。でもその台詞はちょっと、あたしも頂けないねー」
「何、とぼけてんのさ。カイザー、こいつはあたしの美貌を妬んでいつもいじ悪するの。自分のパパ迄巻き込んで、婚約にこぎつけようなんて、そうはいかないのよ。あたし達の絆は永遠よ。あんたなんかに引き裂かれやしないわ」
「はぁっ。何寝ぼけた事言いだすのさ。消えてよ。あたしの目の前から。今日までと思ったけどそんな嘘っぱち許せないね。これでも喰らえ」
そうです。ユーリーンの若い頃は男の子顔負けの、熱い拳の女の子でした。熱いだけで威力の無い拳が、カイザーには当たらず。翻って、走って逃げるユーリーン。追いかけようとするカイザーだったが、ヘタレ、ビリジアニが転んだようで、そのまま逃げ切ったユーリーンである。
海岸まで走って逃げて、家の方向とは逆に逃げていたので、ユーリーンはヘタレぶりはビリジアニと良い勝負な事は考える事は止めて、砂浜に時々見かける、可愛い色の貝殻を集めることにした。何でもやり始めると、夢中になってくるユーリーン。ずーと砂浜を見つめて歩いていたが、ふと見上げた進行方向の遠くの砂浜には、打ち上げられたかのように人が倒れている風に見えるものがある。
驚いたユーリーンは走って側に行ってみると、やはり男の人が倒れているのだった。だが打ち上げられたにしては、来ているものは濡れてはいない。
「じゃ、怪我をしていて倒れているの?それとも病気になったとか」
知らない人は危険だとか、考えた事も無いし、教えられたこともないユーリーンは、その人を揺り動かして、気が付くかどうか試してみる。怖いもの知らずな行動だが、誰もそう言った注意をしてくれる人は側には居なかった。触ってみると少し冷たく感じたが、ずっと外に倒れていたのだし、違和感は無かった。ゆすっても動かないし、触ったとき肩がでこぼこした感じがして、何だか骨が折れているのかなと言った風だった。
内緒の事だが、ユーリーンは人間と言うよりは、魔人と呼ばれる者だ。今は南ニールに住んでいるが、生まれは北ニールの魔人だった。魔人は魔力があるしその魔力には個人差として種類や強さが違う。ユーリーンの場合、癒しパワーを持っていた。南ニールには魔人は居ない事になっているので、内緒の力だ。
それにしてもユーリーンはこの倒れたままの人は、肩を怪我してしまっていて、きっと痛くて失神しているのだろうと思った。
それで肩をつんつんとつつき、痛しパワーを送ってやった。気を付けてやらないと、このパワー、人によっては治してもらったにしては、嫌がって迷惑気な様子になる場合があった。その経験上、つんつんと送って、直してやった。しかしもう逃げ時だろう。立ち上がって、来た方向に戻ろうとすると、倒れていた男の人は急に翻って立ち上がり、ユーリーンの手を握った。
立ち上がると見上げるほどの背の高さ。ユーリーンも女性にしては背が高い方だったが、それでも彼は見上げるしかない背の高さだった。
顔は、驚くほどのハンサム。ユーリーンはこれほどのハンサムは今まで見た事は無かった。そしてハンサムは微笑むと殺人級の美貌になる。
「ありがとう、お嬢さん。おかげて怪我が治ったよ。不思議な力のあるお方だねぇ」
ユーリーンは日が沈もうとしているので、帰る時間は過ぎていると思い、早く家に帰らなければならないと言える所だ。
「どういたしまして、ではさようなら」
そう言って、手を彼の手から外そうと試みた。しかし手は外れない。彼が握って離す気が無いのは知れた。
「私は家に帰る時間なので」
そう言って手を外そうと試みる。握ったままなので、ユーリーンはもう一方の手で、彼の手を外しにかかった。彼の指を一本一本外しにかかるが、一つはずし、もう一本と外そうとすると今外した指がまたユーリーンの腕にくっつき、時間ばかりかかると思う、
「手、放してっ」
腹を立ててユーリーンが割合大きな声で言うと、
「日が暮れて来たね。家まで送ろう。お家はどの辺りなの」
「八丁目三番地の六よ」
「何処だろうね、その番号は」
「八丁目はずーと向こう」
仕方なくユーリーンは指差し、
「送らなくて良いわ。自分で帰れる」
「いや、暗くなったから転ばないように送るよ」
ユーリーンは、何故かこの人が自分がよく転ぶことを知っていると思い不愉快になり、
「手を放してくれると、転ばず帰ります」
と言って、家の様子を思い浮かべていると、その人はユーリーンをお姫様だっ子にして急に風を切って動き始めた。急な変化に驚くユーリーンは、辺りを見回すと、飛んでいる。
わーと思うが、ショックは無かった。一応自分でも癒しパワーを使うので、超能力がある人がいる事は理解していた。
あっという間に、ユーリーンは2階の自分の部屋の窓から入って、その人とベッドの上に着地した。
驚いていると、キスまでしてくる。
こういう場合、(カイザーにも似たようなことをされたことがあるし)対応はした事が有り、ぐうで殴って……、しまったと思う。ここは自分の部屋で、逃げる時の到着地点ではないか。
仕方なく弟、リューンの部屋へ逃げることにした。立とうとしたが、またそいつに捕まえられる。
「元気の良い子猫ちゃんだねー」
抱きかかえられて、動けなくなった。
またキスが始まり、これは不味いと、あほなユーリーンにもわかる展開になる。
慌ててキスを辞めて、宣言する。
「あんたヴァンパイアね、とがった歯があったし。あたし、ヴァンパイアとはおつき合いしない事にしているの」
「どうして?」
「だって、子供が出来ないじゃない。あたしは将来自分の子が欲しいの。ヴァンパイアは死んでいるから子供は出来無いでしょ。違う?」
「違わないねー、それじゃあ、ホントにさようならだね」
そう言って、その物凄くハンサムな奴は立ち去った。
気の所為か、そのハンサムはハンサムなくせに、少し悲しそうな風情になっていた。
ユーリーンは、何だか彼がヴァンパイアの身が悲しいようなそぶりなので、少し哀れな感じがした。
まさか、横に並んだら自分が不細工に見えるとか言えないしね。と思い、何だか同情しそうになってくる自分の気持ちを首を振って打ち消した。




