第17話 ユーリーンは何度も叫ばざるを得ない状況になる
廊下で二人、沈んだ気分になって来て、ニキは、
「下に行って、お茶をもらって来ようかな」
と言い出したが、ユーリーンは、
「でも、居候だし、あたしも下に行っていただくわ」
と階下に降りてロードさんの居間に行くと、髪を振り乱した例の市長が居た。ロードさん夫妻を人質にしているつもりらしい。二人は縛られている。だが、ニキにそう言う事が通用するだろうか。
ニキは目にも留まらぬ速さで、リミドラ・イチの首を絞めながら、ロード夫妻から引き離した。
「貴様、ここにやって来るとは、良い度胸だな」
ユーリーンの夫の筈だが、怖い言い方。30歳以上と分る凄味。そのまま首を絞めて、息の根を止めてしまった。秒速だ。すると、ぱらぱらとリミドラの体は枯れて崩れ落ちた。
ロードさん夫妻、及びユーリーンは驚愕した。恐怖映画の一場面のような状態である。
辛うじて、
「やっぱり元は木の根だったんだ。実際に見るまで、少し信じられなかったけど。ふう」
感想は言っておいた。ため息が出たけれど。
「これで伯父上の仇は討てたな」
ニキは感慨深げに言った。ユーリーンは思った。『ニキはユーリーンの前では普通にしているけれど、皆の葬式を出し続けていて、かなり拗れている。頭を撫でてあげるのは、あたしの方ではないだろうか』
そこへ、ドスン、ドスンと足音が聞こえて来た。おそらく、例のイチが戻ってきている。パパとリューンの作戦はうまく行かなかったらしい。二人はやられていなければ良いが。
足音が止み、大男の足が窓のガラス戸を破った。ひょっとしたら、勢いで止まり切れなかったかもしれない動きだ。
窓際でウトウトしていた、ちーちゃん猫は怒って、かなりのデカさの足なのに、ふうっと爪で引っ掻いて怒りを示した。この猫、足の大きさとか気にしていない。素晴らしい攻撃である。
するとその傷口から、パワーか何かが噴き出している感じがした。見る見るうちに足がしぼんで来た。まるで風船だった様にしぼむ。まさか、中身は空気だったのかと見ていると、上の方の体もだんだんしぼんで倒れて来た。
「ひょっとすると、茎的リミドラの先が葉っぱのイチって感じだったのかな」
ユーリーンの思い付きに、ニキも同意した。
「うん、猫のひっかき傷で、やられた訳ではないと思うな・・・」
大きな服の布の中に、大きさの戻ったイチが倒れている感じになり、それもじきに、ぺしゃんこになった。
同情すべきではないが、少し哀れな感じがする。それに、伯父様のパワーはどうなってしまったのだろうか。ショッピングセンターを崩してもまだ有り余っていたあのパワーの行方が分からない。
ユーリーンが不思議がっていると、パタパタと足音がしている。何だか聞き覚えがある足音だ、きっと走って来ているはずだが。やはり来た。
「魔物のイチが急に消えちゃったね。どこ行った?」
私の姿のままのリューンだ。何だか聞いたことがあると思ったら、自分の足音だった。
「死んだみたいよ。それよりパパは無事?」
縛られていた紐をニキに解いてもらっていた、ロードさん夫婦は仰天していた。ユーリーンが二人いると思っただろう。
ふたりを見比べながら、
「確か双子じゃない筈だったが」
「あ、しまった」
と言って、リューンはまたパタパタと走って戻って行った。
「何なの、あいつ」
走って行った先を見ると、パパが知らない人に肩を貸してもらって、よろよろ戻ってきている。
「パパ、イチくたばっている」
リューンが報告に行ったようだ。
ユーリーンもパパが心配で行こうとすると、ニキに止められた。
「ユーリーンが二人になるのは不味いよ、中で待って居よう」
ロードさんは、
「そうだろ、双子じゃ無かったよね、あの子はまだ若いようだし、君が本物のユーリーンだよね」
「そうです。パパがリューンを化けさせたんです。驚かせてすみません」
「やれやれ、不思議な能力のある人たちだねぇ」
そうこうロードさん達と話していると、パパとまだユーリーンに化けているリューンが戻って来た。
パパは知らない人の肩からリューンの肩にもたれるのを変えていた。
ユーリーンは、パパはやっぱり具合が悪くなっていると思い、
「パパ、大丈夫。あいつにやられたの」
「いや、違うんだ。あいつに後ろから触って、パワーを吸い取ったんだが、まだ漏れていた量が少なくて、あいつにはかなりの量のパワーが残っていた。パパも魔力マックスになったよ。だけど兄貴みたいに押さえて居られないから、頭から出している所だ。それでふらついている。あの大男の魔物は、具合が悪くなったと慌ててユーリーンが居そうな所へ行って、何とかしてもらう気だったようだが。魔力を取られたと分からない様だったな。魔力が無くなっても、大男のままで小さくならなかった。後ろから見ていると、急に居なくなったように見えたが、消えたのかな」
「それが、風船がしぼんだみたいにぺしゃんこになったのよ。あそこの大きな布きれの中にしぼんでいるの」
リュークが、
「ひぇっ、僕さっき踏んだよ」
「おそらく枯れて死んでいるから、気持ちの悪い潰れ方はしていないと思うな」
ニキが微妙な保証をした。
パパがヒョロヒョロ、布きれの中を確かめに行っている。
「一応確かめておこう。おや、そっちにも、もう一つ死骸があるみたいだな」
「それは、市長の成れの果てです、あいつもここに来ていました。ユーリーンを狙って来たようですが、父上が魔力を吸い取ってくれた後の様で、あっさり枯れました」
ニキが説明した。
「ほう、そうか」
そう言いながら、大男の方の布をめくると、
「わっ」
と言いながら飛び退いた。中から、ヌルッとイチらしき人に近い形が、出て来てユーリーン目掛けて飛び出してきた。
ユーリーンは、
「ぎぇー」
物凄い悲鳴を上げた。
ニキが急いで、持っていたナイフでイチの首を切り落とした。何か変なものが首から飛び出てきたが、ユーリーンはそれにかかるようなへまはしない。素早くソファの陰に座り込む。リューンの化けていたユーリーンは変な汁が掛かった様で、
「きゃー」
と言った。バカな奴。ユーリーンは4歳の記憶が戻ったらしいあの後から、こういう場合の危険は想定していて、対処は考えていた。隠れるのだ。
立ち上がりながら、
「魔物のドロドロに対する対応は、あたし、年期が入っているのよ」
とリューンに自慢げに話していると、死んだと思った首なしのイチが、ユーリーン目掛けて飛びかかった。ユーリーンはまた、
「ぎよぇーっ」
と叫んで思わず尻もちをつく。内心カッコ悪いと思う。ニキは今度は、手からビームの様な光を出し、少しニョロつく人型の物を燃やした。
ユーリーンは肝を冷やした。何が何だか分からない。パパが、
「悪い、悪い。頭からパワーが漏れているから、それを吸収してしつこく動き回ったな。燃やすのが正解だった。そうなると、この市長の粉は大丈夫かな」
パパの懸念は図星だった。パパが言い終るか、その前か分からないが、段々粉が集まって来て、人型になりつつあるのが見て取れた。ニキはまたビームを出して、燃やしたのだが、燃え出した粉が、驚いた事に、ブワッとユーリーンに目掛けて飛んで来た。
「ぎゃぁーっ」
床に座っていたユーリーンは、とうとう座ったまま腰が抜けたと思った。ニキは燃える粉を見て、水を掛けて消火したが、ユーリーンはそうなるときりがないのではと思った。ニキもそう思ったのか、バリアを張った水の球の中に粉を集めた。見事と言えるがその後どうするつもりだろうか。
パパも、
「しつこいなぁ」
と言いながら、水の球に触って、外側からパワーを吸い出したようだ。ニキはそれを外に放り投げて、燃やした。
「やっと片付いたな」
パパはそう言って、ソファに座り、
「まだ、かなりパワーが漏れているが、もうすぐ私も抑え込める段階になりそうだな。ニキは工夫したな。自分にバリアを張っているようだが、それでパワーに当てられることは無くなったのかな」
「いえ、辺りが磁気にあふれていますから、動きにくいですね。ユーリーンに何度も怖い思いをさせてしまいました。すまなかったね。ユーリーン、手際が悪くて」
「あれで手際が悪いの。ちゃんと守ってもらったと思うけど。汁もかからなかったし、火傷もしなかったし」
「それはユーリーンの、対応が良かったからだよ」
ニキはそう言ったが、ユーリーンには良く分からない。
するとリューンが、観察していたらしく、
「ユーリーンが大声で叫んだら、木の根の先っぽ達は少し怯んでいたね。声にパワーでも出たのかな」
パパは、
「少し、反発力を出していたね。リューンはよく気が付いたな」
「そうなの、叫んだだけのつもりだったけれど」
ユーリーンは自分にも少し能力が有るらしいが、自覚は無いのだがと思った。
何はともあれ、何とか片付いてほっとしたつもりだったユーリーンだが、パパは
「それにしても、兄貴の残りのパワーは何処へ行ったのかな」
がっくりする事を言い出したのだった。




