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断罪してきた王子達が悪評を振り撒いています。〜私は隣国で幸せになるので、どうぞご自由に〜

作者: 水空 葵

 ここは王立セントリア学院のカフェテリア。

 普段は穏やかな空気が流れているこの場所で、この国の王太子の声が響き渡った。


「ルシアナ・アストライア! お前が聖女に暴力を振るったことは分かっている!」


 私の名前が聞こえたから振り返ると、怒りを隠そうともしない殿下の姿が目に入る。


 その殿下の隣には、リーシャ・ジュエリス伯爵令嬢が寄り添っていて、包帯に巻かれた右腕を周囲に見せていた。


 家格は私と同じだけれど、天と地がひっくり返っても私の立場が彼女よりも上になることはない。ただの伯爵令嬢と聖女候補では、大きな差があるから。


 そんな彼女は目に涙を浮かべ、痛々しい右腕を見せながらこんなことを口にした。


「わたしの腕を折るなんて……人の心が無いのね……」


 どの口が言うのかしら?


 私の教科書を隠したり、床に油を塗って転ばせてきたり、お花を摘んでいるときに上から水をかけてきたり……。

 ナイフで刺されそうになったのは今日が初めてだったけれど、毎日のように嫌がらせをしてきているのは他でもないリーシャだ。


 けれども、演技に長けていて、人当たりの良いリーシャの評判は良いものになっているから、私はこの状況で動くことが出来ない。


 冤罪だと叫べたら良かったけれど、私が彼女の腕をポッキリと折ってしまったのは事実なのよね……。

 この場にいる人達は嘘を見抜く力に長けているから、事実を偽ることは悪手だと分かっている。


「あれは正当防衛で、仕方が無かったのですわ」


 だから……こう主張することしか出来なかった。


 八方塞がりな状況に、泣きたくなってしまう。

 あの時、もっと上手く立ち回れていたら……。


 少し前の自分の行動を後悔した。



 

 二時間ほど前のこと、学院内の廊下を移動している時にその事件は起こった。


 セントリア学院では一時間の授業の合間に二十分の休み時間がある。

 その時間に次の授業の教室へと移動していた私は、背後から迫る気配に気付いて振り向いた。


「リーシャ様……?」 


 関わりたくない人の姿を認めた私は、一度無視して足を進めた。

 けれども、鏡越しに銀色に煌めくモノが見えたから、私は咄嗟にリーシャの腕を掴んだ。


「痛い! 離して!」

「ナイフを離して!」


 このまま抵抗しなかったら刺される。

 そう感じた私は、そのまま彼女の腕を捻り上げて、ナイフを振り払った。


 バキッという音に続けて、リーシャが悲鳴を上げたのはほぼ同時だった。

 けれども、表情を歪めるリーシャがもう一本のナイフを取り出すのを見て、私は全力で逃げ出したのよね。


 お父様に言われて護身術を身につけていなかったら、きっと刺されていた。




 ……だから、これは正当防衛。


 彼女の腕が折れてしまったのは、何かの偶然に違いない。

 けれども、王太子殿下には私の思いは伝わらなかったらしい。


「リーシャはドレスを切り裂こうとしただけだと言っている。命の危険が無いというのに、腕を折るというのはどういうつもりだ!?」


 殿下は、そんな理不尽なことを言ってきた。そもそもナイフを持って襲ってくる時点で、聖女候補の立場が無かったら投獄される。

 

 あの状況を目にしていたのなら、私の言いたいことも分かるはずなのだけど……。


 リーシャにお熱な殿下は、頭の中がお花畑になっているご様子。

 もう何を言っても無駄でしょう。


 私はそう思っていたけれど、周囲の方々の考えは違ったみたいで、次々と意見を口にしていた。


「学院一の天才魔術師がそんな愚かな真似をするわけが無い。そもそもあの細腕で人の腕が折れるのか?」

「普通は折れないだろう。というか、ドレスを切り裂くって何だよ?」

「わたくし、ルシアナさんが襲われているところを見ましたわ。あの状況では、リーシャさんが反撃されても致し方ないと思いますの」


 こんな風に、私を擁護する声が沢山あるというのに、殿下はリーシャ様を抱きしめて、私を睨みつけている。


 一方で……。


「魔術を使えば腕を折ることも容易いだろう」

「嫌がらせの恨みからの凶行と見た」

「あの程度の嫌がらせも我慢できない女が天才とは、笑わせてくれるな」


 そんな風に私を蔑むような声も聞こえている。

 でも、どれも違う。魔術を使っていなければ、恨みも感じていないのよね。


 それに、これらの意見は少数派なのだから、普通なら私が有利になる判断が下されるはず。

 普通なら。


 けれども、頭の中にお花が咲き誇っている王太子殿下の判断は違うみたいだった。


「ルシアナがリーシャの腕を折った。これは事実だ!

 このような重罪は決して許せぬ。マドネス・グレールの名の下に命ずる! 

 ルシアナ・アストライアを国外追放に処す!」


 周囲の言葉を聞けないようなお方が将来の国王……。

 ここグレール王国の未来は暗雲が立ち込めていることでしょう。


 私、決めました。

 こんなクソ王子が王になる国なんか捨てて、隣国に逃げます!


 理由はこの王子だけでは無いけれど、グレール王国に未来は無いのだから。


「ふふ、国外追放になって悔しいわよね? 

 そこで地面に頭をつけて謝ってくれたら許してあげるわ」

「結構ですわ。

 殿下、国外追放に処してくださって、ありがとうございます」


 リーシャの言葉は無視して、私はとびっきりの笑顔で王太子殿下にお礼を言った。

 

「国外追放が嫌なら、そこで地面に頭を付けて謝れ! そうしたら許してやる!」


 けれども、私が(みじ)めな姿を見せることを想像しているのか、嫌な笑みを浮かべながら口にする殿下。

 悪寒を感じながらも、私は心からの笑顔を浮かべて言葉を返す。


「私は国外追放を望みますので、決して頭を下げることはありませんわ」

「なっ……!? 国外追放だぞ! 普通なら泣いて謝ってでも拒絶するだろ!」


 私の態度が気に入らなかったのか、そんな喚き声が聞こえてくる。

 こんな汚い声を聴く羽目になると分かっていたら、耳栓を用意していたのに……。


「家族からも婚約者からも見放されるのよ? そんな惨めな人生が嫌なら、ここで恥を(さら)した方が幸せだと思うの」


 嘲笑交じりのこの声は、リーシャの口から飛び出したもの。

 彼女も私の惨めな姿を見たいのかしら? 


 ……本当に悪趣味な人達ね。


 聖女候補になるためには、身体と心の傷を癒す力を持っている必要がある。

 だから腕の骨折くらい気にならないはずなのだけど……。


 そんな疑問が浮かんできた。


 でも、躊躇いもなく腕を動かしているから、癒しの力──治癒魔法で治したのかもしれない。

 その予想は、直後に確信に変わった。


「これはお返しよ」


 こんな言葉と共に包帯に巻かれた腕が飛んできたから。

 普通は怪我をしている腕で攻撃なんてしてこない。


 弱々しい攻撃だったから、そのまま肩で受け止めたのだけど……。

 バキッという音が聞こえてきた。


 でも、痛みは無い。


「うぎゅっ……」


 奇妙な声に続けて手をおさえるリーシャ。どうやら自爆したらしい。

 私は何もしていないのだから、このことは咎められないはず……。


「リーシャ嬢は馬鹿なのか? 自分で指を折ったぞ……」

「弱々しいパンチですわね。まさか、これでルシアナ様が悪くなったりはしませんわよね?」


 周囲の方々も私と同じ意見だった。

 けれども、ボロボロと涙を流すリーシャ様に何を思ったのか、マドネス王子はとんでもないことを口にした。


「マドぉ……痛いよぉ……」

「一度では飽き足らず、二度もリーシャを傷付けるとは許せん! 一日は猶予を渡すつもりだったが気が変わった。今すぐに国外追放に処してやる!」


 今の自爆が見えていないなんて、その顔についている目は節穴のようね……。

 ほら、周囲の方々も呆れのあまり開いた口が塞がらなくなっていますよ?


「お前ら、今すぐにルシアナを隣国に運べ!」

「「御意」」


 周囲の意見などお構いなしといった様子で、側に控えていた親衛隊に命令する殿下。

 逃げ場なんて最初から無いようなものだったから、瞬く間に私は周りを囲まれてしまった。


 でも、ここで捕まったら私の家族や婚約者のレオン様に別れの挨拶が出来なくなってしまう。

 それに、貴族なら騎士団から一日くらい逃れても鞭で多くて三回打たれるだけで済む。


 だから私はこの場から逃げ出すことに決めた。


 まずはポーチから黒い球を取り出して、目を瞑りながら前と後ろの床に叩きつける。


 これは私が作った魔道具で、本来は魔物の目を眩ませるために使うためのもの。

 でも、こういう包囲された状況でも効果があるから、護身用に五つほど持ち歩いている。


「目が……」

「囲め! 逃がすな!」


 摩道具の効果はあったけれど、手練れの親衛隊によって逃げ道は塞がれている。

 残る逃げ道は真上だけ。


 幸いにもカフェテリアの天井は高くなっているから、風魔法を使って宙を舞えば簡単に逃げ出すことが出来た。




 でも、すぐに学院を離れることは出来なかった。

 レオン様に別れの挨拶をしたかったから。


「ルシアナ、こっちだ!」


 でも、私が探すよりも先にブロンドの髪に蒼い瞳の長身の殿方――レオン様が声をかけてくれた。

 彼はあの魔道具の影響を受けなかったみたいで、私の方に手を振ってくれている。


「逃げるなら手を貸すよ。でも、一日が限界だと思う」

「それだけでも十分ですわ」


 レオン様の元に辿り着くと、そんな言葉をかけられた。

 彼はクライアス侯爵家を継ぐ身なのに、私の逃亡に手を貸してくれるみたい。


 侯爵家の地位は罪人の逃亡に手を貸したくらいでは揺らがないけれども、罰として一回だけ鞭で打たれる。

 殿方でも涙を滲ませるほど痛いという噂だから、レオン様にはそんな目に遭ってほしくないのだけど……瞳の奥に見える意思の光はすごく強いものだった。


 だから、断るなんて選択は出来ない。


「私の屋敷までお願いできますか?」

「ああ、もちろん。失礼するよ」


 彼からの問いかけに頷くと、あっという間に抱き上げられてしまった。

 細身で長身のレオン様だけれど、彼の足は私を抱いていても速い。


 たとえ私が全力で走っても、すごく重い鎧を身に纏った状態でも追いつけないのよね……。


 そんな彼のお陰で、親衛隊の人たちからは簡単に逃げることが出来た。


「め、目が痛い……! 誰か助けてくれ! 医者を呼んでくれ!」


 王子殿下が喚く声が聞こえてきたけれど、当然の報いよね。


 ……目が痛いのは私のせい?

 そんなことは知りませんっ!




    ◇




 あの後、私は無事に馬車で学院を後にすることが出来た。

 光を放つ魔道具は残り二個になってしまったけれど、これは屋敷に戻ればいくらでもあるから問題無いわ。


 追手が向けられている気配も無かったから、今は少しだけ安心してレオン様とお話をしている。

 彼と話が出来るのも、これが最後になると思うと悲しい。


「ルシアナは何も悪く無いけど、本当にこれでいいのか?」

「ええ。迷惑はかけられませんから……。

 こんな形で別れることになってしまって、申し訳ありません」


 断罪されれば、婚約が解消されることは常識。

 そして私は国外追放を言い渡された身だから、グレール王国で唯一の隣国アルバラン帝国の平民になることは間違いない。


 だから、彼と会うことも出来なくなってしまう。

 目頭が熱くなってしまうのを(こら)えていたら、レオン様はこんなことを口にした。


「何を謝っている? 婚約は解消しない。父上を説得して隣国に渡ることも考えている。家を継ぐのは俺でなくても大丈夫だからな。

 説得出来なかったら、家を出る。例え平民になったとしても、ルシアナを支えられる自信はある」


 これは私の家族しか知らないことなのだけど、王国で一番大きな商会――アルカンシェル商会の実際の長は私だから、平民になっても苦労はしない。

 アルバラン帝国にも拠点を構えていて、本当に良かったわ。


 ちなみに、表向きの商会長は明かされていない上に、男性だという噂を流しているから、正体は見抜かれないはず。

 だから、価値が無いはずの私を助けようとしてくれているレオン様の意図を測り切れないのよね……。


「そこまでする価値が私にあるのですか?」

「永遠を誓ったから、という理由では駄目か?」

「駄目ではありませんわ。ですが、申し訳なく感じてしまいますの」

「貴女のことを離したくないのだ。ルシアナ、君のことを誰よりも愛しているから。

 本心を教えてくれないか?」


 私が不安になって問いかけたら、告白が返ってきた。

 この言葉を聞くのは初めてではないけれど、レオン様の意志はこんなに固いものだったのね……。


「私も貴方と一緒にいたいですわ」

「その言葉が聞けて安心したよ。すぐに留学出来るようにするから、待っていて欲しい。アルバランの帝都に入ったら、通信の魔道具で連絡する。

 次に会う時は帝都セントリアで。無事を祈っている」

「ここまで送ってくださって、ありがとうございます。セントリアで待っていますわ」


 ちょうどアストライア邸の前に馬車が止まったから、グレール王国での最後の挨拶を交わす私達。

 本当はもっとゆっくりお話をしていたかったのだけど、いつ追手が向けられるか分からない状況だから、屋敷の中へと急いだ。




 お父様の部屋の扉をノックしようとした時、中からこんな声が聞こえてきた。


「また税が増えるのか!? これ以上増やされたら死人が出るぞ!」

「旦那様、落ち着いてください。まだ不正をする最後の手があります」


 私がグレール王国から出ようと思っているもう一つの理由。

 王家の散財のためにと毎月のように吊り上げられている重税のことが話されているみたいだった。


 私はアルカンシェル商会の経営を楽しみたいと思っているけれど、重すぎる税の対策で頭を悩ませる日々になってしまっている。

 それに、税が重すぎるせいで利益が出なくなってしまったから、新しい魔道具の研究も出来ない状況になってしまった。


 税を納める義務が生じる条件は、王国内に本拠地を構えていること。だから、拠点をアルバラン帝国に移したのだけど……今度は店の売り上げの半分を税とする法が出来てしまったから、利益を出すどころの話ではなくなってしまっている。


 それに、取引先の貴族でさえも税に苦しんでいるせいで、どの商品も売れなくなってしまったのよね……。


 今の状況に不満を持っている人は平民を中心に増えてきていて、反乱が起きるのも時間の問題。

 そうなってしまえば安心して暮らすことは出来ないから、隣国に渡ろうと決意したのが先週のお話。


「不正をした者は最悪処刑になると法が変わった。今はもう不正など出来ない」

「左様ですか。では、隣国――アルバラン帝国へ渡るというのはいかがでしょうか? 幸いにも、当家にはアルカンシェル商会があります」

「今のアルカンシェル商会の長は私ではないから、ルシアナに協力を頼もう。

 協力を得られたら、すぐにアルバランに渡る。全員で隣国に渡る準備をするように」


 ……今度は、お父様が隣国に渡る決意をしていた。


 隣国へは一人寂しく行くことになると思っていたけれど、家族みんなで向かうことになりそうね。

 喜べる状況ではないけれど、少し嬉しかった。




    ◇




 あれから、私は騎士団によって隣国に送られて、数日の間は一人で過ごすことになった。

 お金になるものは没収されていたけれど、商会の本部に行けばすぐに不自由なく過ごせるようになった。


 それから数日もすればレオン様も隣国に来てくれて、楽しく過ごしていた。

 この国では王国と違って、商人でも力があれば貴族の社交界に出ることが出来る。


 そんなわけで、楽しい日々を過ごしていたのだけど……。




 ある日のこと、私達は帝国の皇帝陛下が主催する、隣国の王族を歓迎するためのパーティーに参加することになった。

 その王族というのがマドネス王子だから、最初は参加したくなかった。


 けれども……。


「あの王子の傍若無人ぶりを見せたら、面白いことになると思うよ。

 それと、向こうの動きも探っておきたいから、俺だけでも行くつもりだ」


 ……楽しそうに口にするレオン様の誘惑に負けて、参加することに決めてしまったのよね。


 蓄音の魔道具は用意してあるから、パーティー中に冤罪をかけられても潔白を証明できるはず。

 だから、マドネス王子達に復讐するつもりで参加することにした。その方が気分も楽になるから。



 今は馬車でパーティー会場の皇城に向かう道中で、私達はとある武器について話しているところ。


「ブーメランという武器は知っているか?」

「ええ。遠方の魔物を攻撃するための武器ですわよね?」


 矢と違って自ら戻ってくる武器だから、資金に余裕がない冒険者が使っていることが多いというのは有名なお話。

 そんな利点が多いように見えるこの武器には欠点があるのよね……。 


「ああ。だが、戻ってくるときに受け止め損ねると、攻撃者に刺さることがある危険な代物だ。

 その武器を、帰ってきても刺さらないようにする方法を探せないだろうか?」

「不可能ではないと思いますわ。でも、本体に魔道具の力を持たせることは出来ませんの」


 魔道具は便利だけれど、衝撃に弱いのよね。

 だから、投げる武器に組み込むだなんて言語道断。すぐに壊れてしまう。


「手に怪我さえしなければ良いから、何かいいアイデアがあったら教えて欲しい」

「分かりましたわ。今ある魔道具だと、護身用の風魔法を使うものが使えると思います。

 でも、調整が難しそうですわ」


 そのまま使ったら弾き飛ばしてしまうことは間違いないから、少し実験した方が良さそうね。


 ――そんな風に結論付けてから少しして、私達は無事に会場に入ることが出来た。


「あの馬鹿――こほん、王子殿下は何をしているのだ?」

「私の悪口を言っているようですわ。それと、死刑にするように要求する声も聞こえますわ。

 でも、相手にされていないみたいです」


 遠くでの会話でも鮮明に聞こえるようになる魔道具を通して、会話を聞く私。

 聞いていたら私まで苛立ちを覚えてしまったから、魔道具を止めてしまった。


「つまり、ただの恥晒しか。国が違えば全力で止めるが、今はもう関係ないな」

「相手が平和主義の国だから、民のことを心配する必要もありませんものね」


 マドネス王子殿下は必死に私を死刑にするように要求しているけれど、この場にいるリーシャ様とマドネス殿下以外の全員が不機嫌になっていることに気付いていないご様子。

 その頭の中身は、脳ではなくご自慢の筋肉が詰まっているのでしょうか?




「ルシアナって女知っているかしら? あの女はね、聖女候補で癒しの力を持っていて可愛くてみんなに愛されている私が妬ましかったみたいなの。嫉妬心からドレスを切り裂いたり、三階の窓から投げ飛ばされたりしたの。酷いわよね?」


 王子の奇行だけでも頭が痛くなってしまうのに、今度は間延びしたリーシャ様の不快な声が聞こえてきた。

 彼女の声だけなら我慢できたけれど、マドネス王子の声も加わっているから、地獄にいる気分だ。


「ルシアナ嬢は僕に執着していたそうで、リーシャに嫉妬して酷いことを沢山していたんだ。

 だから僕がこの手で国外追放に処した。今はこの国にいるはずだから、あの痴女に男達が誘惑される前に追放した方が良いですよ」

「マドの言う通りですわ。陛下、ルシアナを国外追放にしてください」


 誰が痴女ですって!? それは貴方の隣にいる聖女候補のことです!


 ここ帝国では露出の多いドレスは好まれない。

 王国では好みが分かれていたけれど、帝国のパーティーで背中と胸元が大きく開いたドレスを着ていたら白い目で見られることになる。


 そのことは王国内でも知られていることなのに、リーシャ様は露出が多いドレスを身に纏っている。

 私はというと、主役ではないのだから装飾品は最低限にしたシンプルなデザインのドレスを纏っている。もちろん露出は最低限。


 そのことに周囲の方々は気付いたみたいで、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 けれども私への根も葉もない悪口は止まらなくて。


「レオン様、断罪の時の音を流しても良いでしょうか? それと、王宮に潜入していた人から貰った嫌がらせの証拠も」

「構わない。王国の信用は地に落ちるが、国交が切られるくらいで済むだろう」


 ……怒りを覚えた私は、マドネス王子達が私に嫉妬したことを理由に嫌がらせをして、断罪までした証拠が詰まった魔道具を取り出した。


「では、流しますわね」


 魔力を流してから、そのまま床に置く。

 素知らぬ顔でその場を離れると、リーシャ様の声が魔道具から放たれた。


『マドぉ、ルシアナって女なんとかならない? 大した力もないのに、みんなから気に入られているから腹立たしいのよ。

 あの女のせいで私は聖女候補なのに見向きもされないの。だから王国から追い出してちょうだい』

『分かったよ。国外追放に処そう』


 この会話の内容を知ったのは帝国に渡ってからのことだったから、あの時は何も対策出来ていなかったのよね。

 でも、私が知らなかったお陰で、無事に証拠として残すことが出来た。


 もしも事前に知っていたら、この声が入った魔道具を持ち歩いていたはずで、無実を証明するためにマドネス王子達もいる場所で声を流していたかもしれない。

 そんなことをしたら壊されてしまうことは確実だけれど、そんな状況で冷静でいられるとは思えないのよね……。


 そんな私の予想は間違っていなかったみたいで、声に気付いたマドネス王子は魔道具を床に投げつけて壊していた。


「誰だ、リーシャと俺の声を真似て流した奴は!」

「私ですわ。何かご不満でしたか?」

「ルシアナ、お前……」


 腕をプルプルと震わせて、そんなことを口にするマドネス王子。

 その隙に、私はもう一つ魔道具を取り出して全く同じ音を流し始めた。


 ちなみに、この魔道具も壊された魔道具も、一度蓄えた音を流して複製したものだから、いくら壊されても証拠が消えることはない。

 ただ、二つ持ってくるとなると荷物になってしまうから、レオン様も私も大きなカバンを近くに置いている。


「声を捏造して俺達を陥れるつもりか!?」

「事実を捏造しようとしていた人に言われたくないですわ。それに、この魔道具は実際の音しか蓄えられませんの。

 ここにいらっしゃる皆様でしたら、ご存じだと思いますけれど……捏造は不可能ですわ」


 畜音の魔道具は、主に約束事の時に証拠を残す目的で使われているから、その信頼性は広く知られている。

 だからマドネス王子の言い分は全く聞き入れられていなかった。


 そのことに腹を立てたのかしら?

 マドネス王子は銀色に煌めく何かを取り出して、私に投げつけてきた。


 この形は……ブーメランね。

 でも、勢いがなかったことと距離を取っていたことが幸いして、簡単に避けることが出来た。


「チッ……」


 舌打ちをするマドネス王子。

 ブーメランは護身具にもよく使われているけれど、こんな場所で投げたら無関係な人達を巻き込んでしまうのに……。


 不安になって後ろを見てみると、そこには誰もいなかった。

 だから、躊躇なく投げてきたのね……。


「あのブーメラン、毒が塗ってある。色は麻痺毒だ」

「あんなに遅かったら当たりませんわ」


 私の方に戻ってくるブーメランが目に入ってきたから、言葉に続けて躱してみせる私。

 飛び道具を避ける練習は、護身術の一つだから散々練習させられたから、これくらいのことは難しくない。


 練習させられていた十歳くらいの頃は、練習が辛くてお父様に「大嫌い」だなんて言ってしまったけれど、今では感謝している。

 ちなみに、練習相手はレオン様だったから、私が泣きながら逃げるところも見られている。


 思い出したら恥ずかしくなってきたわ……。


 けれども、直後に誰かの呻き声が聞こえたから、顔の熱が引いていった。


「ぐっ……」

「マドぉ、大丈夫!?」


 声が聞こえた方向を見てみると、ブーメランが突き刺さって蹲るマドネス王子の姿が目に入った。


「自業自得だな」

「ええ、自業自得ですわね」


 そう思っていたのは私達だけではなかったみたいで、他の方々が頷いていた。

 隣に癒しの力を持つ聖女候補がいるから、誰も心配していない様子。


 当然だけれど、他国で武器を他人に向けて放つ行為は禁忌だ。

 怒りの感情のままに誰かを傷つけようとすることだって、絶対に許されない。


「ルシアナさん、大丈夫だった?」

「ええ、無事ですわ。心配してくださってありがとうございます」


 駆け寄ってきたアイネア殿下に笑顔で返事をする私。

 でも、彼女は怒りを滲ませていた。


「マドネス王子。貴方は自分がしたことの重大さを分かっていますか?」

「俺は国民を始末しようとしただけだ」

「違いますわ。ルシアナさんは、私達のアルバラン帝国の国民ですわ。

 わたくし、大切な国民を殺されそうになって黙っているような愚か者ではありませんの」


 皇帝陛下は遠くからこちらの様子を窺っているみたいで、前に出てくることは無かった。

 でも……。


「マドネス王子。貴方を国外追放に処します。今すぐに王国に帰ってください。

 そして二度と、この地に足を踏み入れないでください」


 アイネア殿下が陛下に目配せをすると、すぐに頷きが返ってきた。

 帝国では皇帝の子なら政治に関わる権限を持っているけれど、それは全て陛下の許可が必要になっている。


 今回はその許可が出たから、アイネア殿下でもマドネス王子を処すことが出来る。


「……リーシャさん、貴女も国外追放にしますわ。なんとなく腹立たしいので」

「なんとなくで決めていいの!?」

「感情に任せてルシアナさんを国外追放にした貴女達に指摘されるとは思わなかったわ」


 この裁きに私が参加することは出来ないから静観しているのだけど、リーシャもマドネス王子も、発言が跳ね返っているのよね。

 まるでブーメランが戻って来て刺さっているのと同じね。形は言葉だけれど、似たようなものだと思った。


「これは決定事項だから、早く出ていきなさい。

 それとも、その足は飾りかしら?」

「嫌よ! アルカンシェル商会に行ってサファイアの原石を見るまでは帰らないわ!

 アルカンシェル商会の商会長もここに居るのよね? 会って話をさせてくれたら、大人しく帰るわ」

「今すぐ帰ってくださるのですね。安心しましたわ」


 リーシャの言葉を聞いて、つい口にしてしまう私。

 原石を見なくても商会長――私と話したら帰ってくれるみたいだから。


「商会長はどこにいるのよ?」

「ここに居るわ」

「会わせてって言っているの!」

「もうお話もしていますわ。私が商会長ですから」


 この態度の時点で不敬罪になってしまうはずなのだけど、追い返す以外のことをしたら外交問題になってしまう。

 だから陛下もアイネア殿下も咎めていない。


「そんなこと聞いていないわ。でも、サファイアの原石を見せてくれたら赦すわ」

「私と話をしたら帰ると言っていましたよね? 証拠もありますわよ?」

「そんなことどうでもいいから、原石を見せて!」

「嫌ですわ」


 小さな子供のように我儘を言うリーシャに、きっぱりと断りの言葉を告げる。

 それでも引き下がらなかったから、ついに帝国の騎士団が動いた。


 ちなみに、マドネス王子は麻痺毒が回って動けなくなったみたいで、床に倒れているところをズルズルと引きずられて会場から去っていった。

 リーシャは縄で縛られると、今までの虚勢が嘘のように大人しくなって、そのまま会場から強制的に連れ出されていった。


「ルシアナのせいよ……」


 去り際にそんな言葉を呟いていたけれど、私は関係ないと思う。

 だって、リーシャたちが勝手に騒いで勝手に断罪されたのだから。


 ……自業自得よね?




 それから数分。

 マドネス王子達が去って静まり返る会場の中央に皇帝陛下が来て、こう口にした。


「皆の者、騒がせてしまって済まない。主役は消えたが、ここからは交流会として楽しんでもらいたい」


 騒ぎに関わっていた私は申し訳なさから頭を下げていたのだけど、お咎めは全く無かったから。

 昨日のパーティーと似た雰囲気の中、流れ出した曲に合わせてレオン様とダンスを楽しんで、たくさんの方とのお話を楽しむことが出来た。


 一つだけ変わったことも起きていた。

 ある人物が放った批判の言葉がその人物に跳ね返るようなことを指す時に「ブーメランが刺さっている」と言われるようになっていた。


 些細なことでも「ブーメラン刺さっていますよ」と指摘して、指摘した側もされた側も笑い合う。

 とある王国の王子と聖女候補を嘲笑するこのやり取りは、会場のあちこちで起こっていた。


 帝国での流行をこの短時間で作れるだなんて、マドネス王子はおかしな才能の持ち主ね……。

 全く羨ましくないけれど。




 そんなことがあってから、私の周りには平穏が訪れた。


 レオン様は予定通り留学を始め、私は商会で魔道具開発を進めている。

 午後になれば、帝国学院から帰ってきたレオン様と同じ部屋で研究をするようにもなっていた。


 婚約も続いていて、レオン様が学院を卒業したら結婚すると約束している。

 彼と一緒にいられる時間も増えたから、本当に幸せだ。


 これだけでも十分だと思っていたけれど、ある日のこと。


「皇帝陛下から伯爵位を賜ることになった。父上に話したら、帝国に残っても良いと言われた。

 これで、ここでずっと暮らせるよ」

「……はい?」


 ずっと一緒にいると約束したけれど、爵位を授かって来るなんて予想出来なかった。

 だから、嘘だと思ってしまって、問い返す私。


「冗談ではない。これが証拠だ」


 笑顔で爵位の証を見せられて、私は戸惑いながらも笑顔を返した。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


いつも☆☆☆☆☆評価をありがとうございます。

今作も楽しんで頂けましたら、広告下から評価を頂けると嬉しいです。



長編版の『断罪された商才令嬢は隣国を満喫中』も連載中ですので、こちらもよろしくお願いしますm(__)m

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[一言] リーシャを国外追放にする理由がなんとなくだったが暴漢になった王子の随行員なのだから普通に一緒くたでも良かったと思う
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