1話 常連客
あの日、一宮達也は人生で初めて恋をした。
達也はその子を女神様と呼んでいる……。
人を好きになったことがないのには理由があって、今までは恋心といったものを分かっているようで実は分かっていなかった達也。
友達と戯れることが青春であって、学校で「あの子かわいいよな!」と言われている子がいても全く興味を持てなかった。
そのせいで、「自分には人に好意を抱くことがない」と決めつけていたが、間違っていたらしい……。
そんな達也だが、彼女が持つものに魅力を感じて一瞬で惹かれた……。
横浜の郊外に位置する全寮制の高校に通う達也は、親元を離れて一人で生活をしている。
一人暮らしに憧れを抱いていたからだ。
現在高校三年生で、楽しい学校生活もあと半年足らずで終止符がうたれようとしていた。
あの口うるさい親がいないせいか、毎日が楽しく、気楽な生活をとことん満喫できたと言っても過言ではない。
寮での生活が始まって二年半が経った今、家族とは全く連絡をとっておらず、連絡が来ても無視している。
家族と連絡をとっていたのは最初の半年くらい。
その頃はまだ「高校」という存在に慣れていなく、さらに暮らす環境が今までとは全然違う。
なんて言ったって「家」ではなく「寮」なのだから。
人間誰しもが最初は寂しさと同時に、「新たな生活が始まる!」とついついハイテンションになっていて、不思議と親との連絡が楽しく感じれるらしい。
一緒に住んでいた時はあんなにウザがっていた親をだ。
なぜなら実際に達也もその中の一人だったから……。
この世には「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ってことわざがあるが、まさに一宮達也はその言葉そのものだと感じた瞬間でもある。
部活に所属しない達也はいつものように週末をのんびり過ごしている時だった。
突然部屋に電話の着信音が鳴り響く。
母親からだ……。
最近はほとんど連絡が来ていなかったので油断していた。
「なんだよ……急に、なんか用?」
「アンタね、二年以上も連絡寄越さないし! こっちから連絡しても返事ないし! 一体どうなってるの? どうせまた部活もやらないでふらふらしてるんでしょ!」
いつもこう言うことには何故か鋭い母は、達也が今どんな生活をしているのか、一緒にいるわけでもないのに当てて見せたのだ……。
図星で何も言い返せない……。
「……」
母の説教はこの程度では終わらない。
「部活を頑張っているわけでもなければ、大学に行くため勉強熱心にやってるわけでもないんだから!」
「部活なんてめんどくさいことするわけないだろ! 大学にも行く予定はさらさらないね!」
「だからバイトしろって言ってんの! 少しは苦労を覚えたほうがいいわね。十八にもなった男が恥ずかしいわ! 大学に行かないなら尚更働きなさい! 社会勉強にもなるんだから! 」
「はいはい」
「アンタの遊びのために毎月仕送りしてるわけじゃないから! 来月からお金は半減します! 足りない分は自分でなんとかやってちょうだい。いいわね?」
「わかったから! うるせーな! もう切るわ、じゃーね!」
達也の言葉を最後に、電話が終わる。
このやりとりがバイトをせざるを得なくなった理由である……。
「油断してたな……。久々にキツい一撃を食らっちまったよ。流石に仕送りが半分になっちゃうとまずいな。明日からめんどくさいけど、何処かでバイトしなきゃ! コンビニが近くにあったっけか? って。うわっ!もうこんな時間じゃん! もう寝ないと……」
実は意外と素直な達也。
「明日学校でゆっくり考えりゃいいか……」
無意識に時計を見て驚きつつも、思春期真っ只中の高校生のくせに結構真面目な一面を持っている。
時刻は午前零時。
次の日は学校というのもあるが、母との会話でドッと疲れが出たので何も考えずに寝た。
月曜日。
達也は学校の後まっすぐ寮へ行き、履歴書を書いた。
いずれ働くことになるのはわかっていたので、一応買って引き出しに入れておいたのだが、まさか今日がその日となるなんて……。
履歴書を書き終えたので、寮から徒歩十五分くらいの場所にあるコンビニへ面接をしに行った。
とりあえず結果は採用とのこと。
現役高校生での夜勤は、法律上は十八歳なら問題ないのだが、受け入れてもらえないケースがほとんどで、最初は「高校生か……、申し訳ないけど……」って言われてしまった。
でも、達也が今一人で生活をしているという事や、昨晩母親との電話で言われたことを説明したら特別に採用してくれた。
「とりあえず、面接が通ってよかった」ホッとする達也。
「確か面接の時に店長が「では、十一月一日、今週の日曜日、二十二時から早速よろしくね」って言ってたな……。よし。頑張ってみるか」
そうしてこの冬、達也は、コンビニで土曜日と日曜日の二日間、嫌々夜勤のアルバイトを始めることになったのだ。
なんで夜勤かって。それは給料が高いからに決まっている。
一つ心配なのは、日曜日から月曜日の朝方にかけてのシフトの日で、仕事が終わった足でそのまま学校に行かなければいけない点だ。
「……まあ、なんとか……なるだろう……。一日くらい寝なくても別に死にやしないよな……」
学校に行く以外特に何もやってない達也にはちょうどいいのかもしれない。
「明日も学校あるし、そろそろ寝るか」
バイトの面接といえど、一応「仕事」の面接なのだ。達也も一応人間やってるので緊張くらいはする。
採用になって緊張がほぐれたのか、その日はよく寝れた。
なんやかんやで学校という名の日常をこなし、バイトの日がやってきた。
冬になると日が短くなり、一日があっという間に感じた土曜日。
達也は遅刻だけはしたくなかったので、速やかに出かける支度をして、寮を後にする。
夜道をこういう形で歩くのは初めてで、一つ発見したことがある。
夜空には星一つ輝いてない。
都会あるあるだ。
普段ならどうでもいいこの何気ない風景も目につきやすかった。
そうしてしばらく歩くと、達也が働く事となるコンビニが姿を出した。
店に入ると三人のスタッフがお出迎え。
1人のスタッフがまず「いらっしゃいませ! こんばんは!!」と元気よく声を出した。
すると他の2人も続いて声を出し始め「いらっしゃいませ! こんばんは!」
俺を客と勘違いしたらしい。
「……ブックオフか! ここは……」
達也は苦笑いをして心の中でツッコミを入れた。
「あ、いや。今日からの一宮です……よろしくお願い致します」
するとスタッフの1人が「あ! そうでしたか! こちらこそ宜しくお願いします! 店長、今日からの一宮さんが来られました」と言いながら事務所へ消えていき、すぐに店長が出てきた。
「お! 来たか! 今日からよろしくね。うち夜勤人手不足だったから助かるよ! 特に君のような若い子は期待してるよ!」
「ちゃんとできるか不安ですが頑張ります。よろしくお願い致します!」
「多分あと少しで三浦ってい奴が来るからわからないことは彼に聞くといいよ」
「はい。わかりました」
本来は出勤五分から十分前に職場にいれば問題ないんだろうけど、初日ということもあって二十分前に出勤していた。
おそらく、三浦は二十一時五十分くらいの時間にはくるのだろう。
「まだ時間あるし、事務所で少し座ってゆっくりしてなよ」
店長は笑顔を浮かべてそう言った。
ゆっくりというのもそうだが、勤務時間外の人間が私服でレジ周りをうろついているのも確かに変な気がした。というか、それしか選択肢がない。
「すいません。では失礼します」
事務所はとても狭く、男女の着替えロッカーが剥き出しで置いてあり、パソコンやプリンターなどが置いてあるメインの机、スタッフが休憩などで休むための机、そして何やら店の新商品情報やイベントなどが書かれた書類が山積みで置いてあったり、散乱していたり……。
アパートで例えるなら五畳あるかないかと言ったところだろうか。
そんなことを考えながら事務所を見渡す達也。
「狭いうえに、汚くてごめんね……綺麗にしないとなんだけど自分自身仕事が多過ぎだし、店もそこそこ客来るからなかなかね……」
「いえいえ! 働ければいいと思っているので全然気にしてないです!」
「そう言ってもらえると俺も助かるよ」
店長は笑いながら呟く。
そんな会話をしていると、事務所のドアが開き、誰か入ってきた。
「おはようございます!」
夜勤の三浦だ。
達也に気づいて、「もしかして、新しい夜勤の子?」と尋ねてきた。
「はい。本日からよろしくお願い致します。一宮と申します」
「三浦です。どうぞよろしく!」達也に続いて彼も自己紹介をしてくれた。
「なんか「期待の星」的な子が来てくれましたね。店長! それに若いしすぐ戦力になりそうですよね!」
「そうそう。ちょうど一宮君が出勤してきた時俺も同じようなことを言ったんだよね!」と店長は嬉しそうに言った。
とりあえずは歓迎されてるみたいだった。期待に応えれるように頑張るつもりだ。
そんな会話をしていると、勤務開始まであと五分になっていた。
「じゃあ、俺は時間だから帰るよ」疲れいるはずなのに、笑いながら店長はそう言った。
二十二時までのシフトのスタッフ三人も事務所に入って来るなり、「では、お疲れ様です」と、一言達也たちに告げて店長とワイワイ喋りながら店を出て行った。
すると三浦は「さあ、そろそろやっていこうか。一宮君」
「はい」
最初に教わったのはレジ打ち。意外と簡単ですぐに覚えることができた。
「えっと、次は何をやったらいいでしょうか?」俺は三浦に指示を仰ぐと三浦は「そうだなあ。そうしたら店内掃除やってもらおうかな。そのあと商品のフェイスアップをお願い」
達也はトイレの横にある掃除用具置き場から箒、塵取り、そしてモップを手に取り掃除を始めた。
広い店ではないのでそこまで時間はかからなかった。
「えっと。次はフェイスアップか」
店内を一周して歯抜けになっている商品のフェイスアップに取り掛かる。これも大して時間はかからず、大体は終わった。
残すはドリンク売り場だけ。
半分くらいのドリンクの向きを揃え終わったその時、女神様は現れた。
入り口のチャイムが店全体に鳴り響く。
「いらっしゃいませ!」まず聞こえてきたのは三浦の声。
達也もそれに続いて「いらっしゃいませ!」と声を出す。
彼女は一直線にドリンク売り場まで歩いてきた。
それはとても静かで落ち着いた可愛らしい足音で、ゆっくりとこちらへ向かってくるのがわかる。
彼女はソフトドリンクが並ぶ位置に立ち、何を買おうか悩んでいる様子。お酒コーナーのフェイスアップをしている達也の位置からは少し離れているのだが、微かにお洒落ないい匂いが鼻を包み込んだ。
おそらく香水か何かだろう。
気づいたら達也の目は彼女の方を向いており、頭の中は真っ白。
可愛いだった。「超」がつくほどに。
肩のあたりまで伸びた鮮やかで美しい紺色の髪、可愛らしい清楚なワンピースを着ていて、肌も白くて眩しい。
女神様のようだった。
俺に気づいた彼女は軽く会釈をして「見かけない方ですね、新しい方ですか? 頑張ってくださいね」と、綺麗で優しい音色のような声で達也に話しかけた。
達也は緊張のあまり、何も答えられなかった……。
「ふふっ!!」彼女は微笑みを浮かべてマスカットティーを手に取ると、レジへと歩いて行った。
会計が済むと、店を出て行った。
達也は夢でもみていたのだろうか。
棒立ちになってた達也の元に三浦がやってきて「あの子綺麗だよね、大学一年なんだって! 飯島桜ちゃんって言うんだけど、この時間帯に来る常連さんでさ! 」と、彼女のことを自慢げに語る。
「飯島桜か……」
これをきっかけに、母親の命令で嫌々始めたアルバイトが週末の楽しみになった。
「また会いたいな」
日付が変わり、月曜日の早6時。早朝のスタッフが出勤してきた。
仕事の引き継ぎをして、バイトが終わる。
流石に早朝は寒く、手先が張り裂けそうなくらいに冷たい。息はタバコの煙みたく空へと消えた。
達也はそれを目で追っていく。
視界にはあと少しで光を取り戻すであろう冬の空があり、北極星が輝いていた。
人生初の小説に挑戦。
最後まで読んでいただき、有難う御座います!!
もし良かったらスキルアップのため辛口のコメントお待ちしてます!!